抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

怖いです。「ラストナイト・イン・ソーホー」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB) です。

見に行くのが遅くなってしまいました。エドガー・ライト監督最新作。今回はホラーなので怖くて見に行くか迷ったんですが、試写会に当たってたのに、同じ日の「偶然と想像」の試写会の方を優先しちゃったんですね。なのでまあ優先して見に行こう、と決めてはいたんですが、ですが。

LAST NIGHT IN SOHO (BLUE & RED VINYL) [12 inch Analog]

WATCHA4.0点

Filmarks3.8点

(以下ネタバレ有)

1.ジャンルをぐるぐる

 本作は上京物語。主人公のエロイーズ‘エリー‘は、イギリスの片田舎からロンドンへ上京していく、しかも服飾というある種とっても厳しい世界へ飛び込んでいく。その世界がめっちゃ怖かったね、っていうことで言えば、当然思い浮かべるのは『サスペリア』ですよねー。ルカ・グァダニーノ版はまだ見ていないです、許して。

 で、そういう予感がしてたら、モロにその誘導ですよね。タクシー運転手のひっどい女性を獲物のように見ている感じのするトーク。いや、彼は多分ちょっと喋りが好きなタイプの運転手さんなのだと思うんですよ。でもそれがキツイ。で、多分これは最終的なゴールと同じだと思う。そっからの同居人ガチャ失敗、っていうか寮ガチャの盛大な失敗。なんか乱痴気騒ぎっていう感じも、どことなくサスペリアっぽさを感じさせる。うっきうっきだったトーマシン・マッケンジーが目に見えて滅入っていく。

 ここまでやって、ようやく夢のシークエンス。ちょっともたついた気はしましたが、シンプルにココが私は怖かった。鏡を用いた2人1役?みたいな感じになる訳ですが、鏡に映った姿が違う、どころか、別行動しだす、っていうのが私個人にとってはめちゃくちゃ怖くて。なんでしょうね、ことわりの利かない感じっていうんですかね、予定調和(自然の摂理をそう呼んでいいのかよくわからないが)を完全に崩してしまって、なんにも信用できなくなるので本当に怖かった。こっからは、エロイーズの部屋がフレンチのトリコロール色で光ったりするのも合わせて、情報が派手なのが多くて、正直いって疲れました。いや、疲れるって。

 ここからの何度かあったジャンプスケアには死ぬほどびっくりしましたけど、絵面は完全にゾンビ映画になっていって、ストーリー的にはミステリになっていく。ホラーっていうジャンルからはちょっと横にずれている感じがしてくる。強いて言うなら金田一少年の事件簿って感じ?都会なのであんまり金田一耕助って感じはしない。ってことで、1960年代と現在で共通しているのは誰なのか?という問いを、明らかにミスリードくさい「ジャック」の存在を軸にミステリしていってのラストは、まあなるほど、って感じです。

 振り返ってみると、家を借りた時の条件は全部前振りだった上に、部屋に男を入れないとか、そういうルールはサンディが過去にあの部屋でやられたことを想起させるから禁止、っていう風にできているし、じいさんが車に轢かれるのも前振りをめっちゃ丁寧にかましているので、よくできている!というのは思うんですよね。なんか、構造的にはお上手、って感じでね。っていうかやっぱりサスペリアやん。

2.怖さをどう考えるのか

 結果的にはやっぱりホラーだな、という印象がフツーに激強で終わったわけですが、これをどう怖い、と考えるか、が色々議論されているようなところに繋がるんだと思います。

 やっぱり、劇中でも言われているように、ロンドンは歴史がある街で人が死んでいない部屋なんてないわい!っていう都会の怖さ、っていう側面があるのは否めないと思うんですよね。まあ言うまでもなくソーホーと近所にあるのがベイカーストリート、即ちシャーロック・ホームズの存在ですし、ロンドンならアガサ・クリスティー第2の名探偵ミス・マープルも近郊に住んでいるはず。創作上でこれだけ事件が起きてもおかしくない場所になってる訳で、その上に切り裂きジャック事件とかもあるのでね、役満です。

 ただ、その町としての怖さ、っていうのは主題じゃないようにやはり感じられて。議論になっている性暴力に関することですよね。

 言ってしまえば、サンディに憑依したエロイーズは過去に彼女が受けた性暴力を追体験していて、日常にそれが侵食してくるのってフラッシュバックの表現を変えた方法だったと思うんですね。最後にサンディと同じ掌のところにナイフの傷を受けて一体化するわけですし、本当の意味での2人1役、おばあさんの姿も含めるなら3人1役みたいな感じで、共通人格として捉えていいように思えます。そうすると、序盤のタクシー運転手の視線だって、エロイーズにとってみればサンディ体験の追体験を先取りしたにすぎず、メッセージのチョイ見せが上手かった、ということになりますが、だとしたら、性被害サバイバーに特有のことを描いた映画じゃなくて、女性っていうだけでこういう視線や被害を受ける世界、っていうことを描いた映画だったと思います。そう思うと、本当に男性というだけで自分は優遇された世界を生きている、と思ってしまいます。思っただけで分かった気になるのはダメだと、更に自戒を込めて。