抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

バッキバキに決め込んだ画面に酔いしれる「鵞鳥湖の夜」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回は見たいみたいと思っていて見れていなかった『薄氷の殺人』を見に行ってぶっ刺さったディアオ・イーナン監督最新作。中国ノワール映画、『迫り来る嵐』も見ているし、地味に好きなのかもしれません。

 一応、パラサイトとカンヌを争ったらしいです。あれ、ラジ・リの『レ・ミゼラブル』もじゃないっけ。

 どっちも見たおかげで薄氷の殺人クリアファイルと鵞鳥湖の夜ライターを手に入れました。ただ、私は非喫煙者なので、ライターは無事緊急災害時用のバッグに収納されましたとさ。

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WATCHA4.0点

Filmarks4.0点

 

1.追って追われて

 物語はライターの火をもらう女から始まる。雨の高架下。そして女は男に告げる。待ち人は来ないと。

 なんか壮大に感じる書き出しにしてみましたが、まあこの映画の開幕はこういうこと。なんだか怯えている男、チョウは本人確認として、ここ2日にあったことを語り始める。バイク窃盗団の中での仲間割れの際に警察官を殺して追われる身となったのである。

 女、リウ・アイアイはチョウの妻が来られなくなった顛末を語り、代理としてきたことを告げる。

 ということで、現在時制から始まったのに、大過去、現在、過去、現在と時制がシームレスにかなり行き来をする、非常に面倒な話である。しかも、どの時制にも出てくるギャングや警察の顔の見分けがつきづらいうえに、場面は大概夜。暗くてわかりゃせんのである。ところがそれでも物語に身を任せていけば、そこにはココロオドル瞬間が多数待っている。警察にも追われるチョウは、せめて長年帰っていない妻に報奨金を渡す為に、妻に自分を通報させようとしている。リウはその妻の代理としてやって来ている。本来的には利害が一致しているはずなのに、チョウが逃げ、リウが追う構図になる。ところが、終盤、リウがチョウを騙して他のギャング、猫目の下に誘導したことでリウが逃げ、チョウが追うことに。追う・追われる関係の逆転が起こって、そして二人は牛肉麺をすする。意味が分からないかもしれないがそうなのだ。最後の追う・追われるの構造において、えっ、そんなにドアtoドアでフリーなの?という具合に勝手に家々を通り抜け、行ったり来たりを繰り返し、そして物語の終局は麵屋の行き止まりの部屋で始まる。まさに物語の構造をそこで表している。

2.最高の画作り

 まあ物語の話をしても仕方がない作品なので、監督の前作『薄氷の殺人』でも見られた特徴をおさらいしながら、この映画でもバキっと決まった最高の瞬間を思い出していこう。

 まずはホテルの一室。バイク窃盗団の中での喧嘩で猫兄弟を撃ってしまった金髪に話しかけ、銃を没収するシークエンス。窓の外からのピンクのネオンライトに身を染め、鮮やかな手つきで銃を解体していく。もうここだけでかっこいい。

 その次は、バイクチェイスだ。なんやかんやで猫兄弟と金髪のケジメはどっちが一晩で多くのバイクを盗めるかで決着することに。そんなヤンキーみたいな方法でやんのか、と思いつつ、順調にバイクを盗み、走らせている様子を見ていると、ふとした瞬間に金髪男の首が走行中のバイクからスポーンと飛んでいく。猫兄弟がワイヤーを張っていたわけだ。この首の飛ぶ瞬間は、ああこうやってバイクの走るシーンを見せられるんだろうな、とぼーっとしていると起こる唐突な殺人であり、これは薄氷の殺人の冒頭の名場面、美容室でのシーンを思い出させる。

 殺しでいえば、やはり傘の使い方だ。猫兄弟の罠にはまった瞬間の影を使った追いつ、追われつの前の場面での猫耳を殺すシーン。体に傘をぶっ刺して傘を広げる。ビニール傘ごしに広がる血の海、っていうかその開き方するってえげつないほど傘で刺してますよね?多分、これまでの歴史でビニール傘が最も輝いた瞬間の一つと言えるだろう。ん、待てよ、頭ワイヤーと傘?監督、まさかAnother見ました?

 それからやはり取り上げなくてはならないのがジンギスカンと光る靴だ。『薄氷の殺人』では、終盤の心が爆発するダンスとひたすらなアイススケートのシーンが印象に残るが、今回は光る靴でジンギスカンをこれまた同じ方向に踊っている。闇の中で光る靴、響くジンギスカン。ジン、ジン、ジンギスカーン。

 こうした泥臭い男たちの物語にも関わらず、ラストは実に明るいものだ。劇中ほとんどなかった昼の空の下、リウは報奨金を手にチョウの妻と合流。怪しんで後をつけてきていた刑事を振り切り、そこには確かにシスターフッドと連帯が見えた。劇中出てくるのがとにかく未開発の無法地帯で荒れ放題だっただけに、貧困層からの脱出と連帯を同時に示すラストは、これでよかったと思えるものだった。