抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

推して量る『「か「」く「」し「」ご「」と「』感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 かっこの始点でタイトルが始まっているのでブログとしては二重括弧を使用しました。実に面倒なタイトルだが、住野よるが答えになるクイズでは『君の膵臓をたべたい』と同じぐらい頻出だったので知っているタイトルだから抵抗はそこまで。

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WATCHA4.0点

Filmarks4.2点

 

 とにかく嫌いになりようがない、いや、好きになりたい作品に仕上がっている。

 設定的にはわかりやすい。5人のメインがそれぞれ他人の心を推し量れる能力を有してることが1人ずつ章立てで分かってくる中で、純粋な青春応援映画をやっている。気持ちなんて喋らなきゃ分からん、どうせとか言っちゃダメ、みたいな熱すぎてみたいな方に触れる中で、落ち着いて愛くるしい、応援したい彼らに仕上がった。ミッキーがメインとなる演劇祭のくだりがもっとも象徴しているような気はするのだが、ヒーローとは結局他者を助けたか、でありそれが全てで、そしてそれは自分が本当はどうであるとか、そういうことではなく他者の視線の下にしか成り立たない。ヒーローとは社会がないと成立しないのだ。だから、感情そのものを表すマーク表現を積んできた中で最後に現れるのが恋の矢印という方向性づけなのだ。

 そして、その特異な設定が実は殆ど意味がないかもしれないのが青春映画としての強さに今回の場合はなっている。単にものすごく気が回る、気が付きやすい5人の話だとしても全然通じるし、そして案外、こっちの世界もそうなのだから。彼らは自分だけが能力を持って、色々人の心を推し量ってうまくやってる、なーんて思ってるかもしれないけど、それこそ人の心の一面だけを見て、分かった気になっただけなのだ。この映画の世界に生きるすべての人が同じような能力を持っていたとて不思議はないし、そう言えばやけに大きい声が出て周りから見られるシーンもあったのは、周りの人も声に気づいた後に感情見えてるんじゃない?(本当はそんなことないのに)という作りになっている。この世界の感じさせ方が、修学旅行や体育館という移動こそあれ、家族や家の存在を完全に消しているフィクショナルな高校生にどこか広さを感じさせてくれる、それこそ社会の存在を感じさせてくれるのだ。

 本当はその心がどうか、というCG表現は個人的にキャラクターを登場させて喋らせていた『3D彼女 リアルガール』以来の到達の一つの頂点というか、下手したら西尾維新だろ、というレベルの設定で進む青春劇に何もノイズを生まない達成は凄まじいところがある。それはそれとして、西尾維新のようにこの能力を使った上で君たちはクローズドサークルで殺し合いになったら楽しい作品だろうな、という自分が中盤ぐらいまでいたことは秘めておくことはできないだろう。

 それにしても俳優陣だ。人気が出てきていることは知っていたがいまいちよく知らない出口夏希さんが見事に天真爛漫タイプに見える演技とナレーションの落ち着きとを双方で見せ、同様に個人的な発見である早瀬憩は喋りすぎない芝居で全体を大きく底上げし、菊池日菜子は誰もが虜になるキャラクターを完全にものにしていた。佐野晶哉もなんでもよく笑う何にも分かってない幼馴染ポジに見せておいてちゃんと深みがあった。菊池日菜子はRooTでメルティキッスの一員で出てたらしいのだが記憶の片隅にもなく、早瀬さんと合わせて『異国日記』『月の満ち欠け』あたりは見なくては!と思わせてくれました。奥平大兼はもう映画ファンには説明不要である。彼ができることはわかってる。

 まあ一応いるかもしれない高校生に向けて言っておこう。高校生活はふとしたきっかけで想定外のグループが生まれ、高2の7月から1年間の話でこれだけ色々動くことはある。でもね、高3の夏に恋愛は絶対にやめておこうね。まず同じ大学に行こうね、はそこそこの確率で地獄を見る。どっちも東京の大学に行けるならまだいい方。うっかり別れでもしたらもう終わり。京くん、君だよ、危ないよ。あたしゃ知ってる。ミッキーはちゃんと受験だし蹴りをつけようと思って動いたわけだし、彼女は受験と両立できる気がするけど君は危ないぞ!