抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

逃避「ビヨンド・ユートピア 脱北」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門のショートリストにも入っている作品。まあノミネートの5本に入ってくると思っています。っていうか、そういうことを考えながら映画を選ぶ時期に今年も来ました。なお、昨年もそう思って鑑賞したTHE RESCUEが5本から外れておったまげた記憶があります。作品自体が最高だったので良かったのですが。

ビヨンド・ユートピア脱北 プレスシート チラシ付き


WATCHA3.5点

Filmarks3.6点

(以下ネタバレ有)

1.再現映像は使っていない

 本作はサンダンス国際映画祭でシークレットプレミア上映された作品。USドキュメンタリー部門の観客賞らしいんですが、USドキュメンタリー部門がどれぐらいの規模なのか良く分からん。いやしかし、今年のサンダンスももう1週間ぐらいで開催ですね。早い。

 サンダンスでシークレット上映だったのも、脱北者の様子を捉えた映画ということで出演者というか、被写体となる人々の安全を確保できない可能性があるため。亡命の様子を捉えた映画と言えば、最近でも『FUNAN』『flee』『トゥルーノース』などが公開されていますし、そのいずれもが彼らの安全の為にアニメーションとして作られる、というう新しいジャンルの誕生を目撃したかのような達成がなされていました。その点で言えば、本作は『トゥルーノース』同様北朝鮮を舞台にしているにも関わらず実写映像、しかも冒頭に紹介されるように再現映像は使っていない、即ち素材はちゃんとその場で撮ったものというのですから仕方ありません。そりゃシークレットです。どうしても足りないところ(あるいは映せなかったところ)はアニメーションでしたね。

 話の軸は、自身が先に脱北していて息子が成長したことで彼を外から脱北させようとする母の話と、それとは別にロ一家で脱北を試みている模様の話。母の方は韓国から電話でせっつくのを見守るしかなく、(とても嫌な言い方ですが)この映画に期待されているバレるバレないサスペンスとしては、ロ一家の脱北が一手に担うことに。北朝鮮から中国に渡り、ベトナムラオス、タイと渡っていってようやく韓国に渡れる。中国は勿論のこと、ベトナムラオスもいわゆる社会主義国家であり、米ソ冷戦対立構造化における東側で、北朝鮮と友好的なために決して見つかってはならない。多くの脱北者を手助けしてきたキム・ソンウン牧師が合流したのだからと安心していると、ラオスのジャングルで緊迫した状態になったりと、決して油断は出来ない。映画を見ている2時間だけ油断できないこっちと違って彼らは何日もそれが続くのだ。(一方で、北朝鮮を題材にしたドキュメンタリー映画のハラハラは『ザ・モール』に勝てないのは事実だ。あれは麻薬のようなものだもの。)

 そうした緊迫の瞬間があるからこそ、ベトナムのホテルで一息ついてる彼らの休息ぶり(学校の黒板だとテレビを思い込んでしまう子どもにちょっと驚きを隠せない)、遂にメコン川を渡ってタイに入国した歓喜が非常に色濃く感じられる。当事者の映像による国境移動となると、昨年の難民映画祭でオンライン視聴した『マインド・ゲーム』『シャドー・ゲーム』の2部作が中東からヨーロッパへの移動を捉えていたし、何回か前のアカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートしていた『Lifeboat』はその船の移動の過酷さを映し出していた。

 こと、英語圏映画になっていくと昨今のイスラエルによるガザ地区への攻撃など、中東系の難民・移民問題がクローズアップされている印象はあるのだが、劇映画で明確に存在感を示した出した韓国系の存在が北朝鮮という国家への注目をアメリカ国内でももたらしてくれたのだろう。だからしょうがない。我々にとっては耳の痛い、そもそも北朝鮮と韓国の対立の根幹にある日本による植民地支配の部分からしっかり教えなおす歴史のコーナーなんかもあって、日本国内で暮らしているとある程度当然として共有されている部分からアメリカでは知らんのか、と思ってしまう。そりゃそうだ、隣人のことだからこんなに知っている(つもり)なのだ。

 と同時に、こういった北朝鮮の歴史を語る視線は脱北者に寄り添うものであると同時に、非常にアメリカ的であるので金日成以降の統治者の話なんかも結構悪口満載で、なんならどっかの報告書の言葉を借りてナチスになぞらえたりしているし、国全体を刑務所とも見立てている。この映画を見れば、間違いなく北朝鮮という国家が極悪非道に見える(いや事実として酷いのは間違いないが)のだが、それは劇中の脱北者一家のおばあちゃんと好対照なことになる。

 このおばあちゃんは、アメリカ人クルーたちに助けられもしながら無事にラオスの隠れ家迄到達した際にインタビューを受けるのだが、完全に混乱してしまっている。80歳にしてジャングルを抜けて故郷を捨てる決断をした彼女は、それでも金正恩を悪く言うことは出来ず、国家が嘘をついていたという事実を受け入れられない。目の前のクルーはいい人たちに見えるが、しかし突然裏切って殺しに来ないのか?そうじゃないなら私たちが信じてきた、教えられてきたものって。彼女の子・孫世代と違って完全に信じてきた世界が崩れていくその最中を見ることは、教育というものが如何に人間を洗脳するかを示していると同時に、この映画にもその効能があることに自覚的だ(故にこのイインタビューシーンでのみ撮っていることを示しているシーンがある)。

 そして最もショッキングなのが、そんなおばあちゃんも撮影の7か月後、韓国にいる段になって80歳になるまで時間を無駄にしてしまったと完全に西側の再教育に成功していることである。一度揺らげば人間は簡単に裏返る、ともいえるかもしれない。

 あくまで明言しておきたいのは、北朝鮮のとる思想的立場に関しては極めて異を唱えていて、いわゆる『否定と肯定』で描かれたような二項対立にも落とし込めないクソ議論であることは前提にしているということだ。子どもたちにとって、より開かれた未来が間違いなく韓国でのほうが提供されるだろうし、ここまで触れて来なかった母の方の息子脱北の話だって彼が収容所に送られることを是とするわけではない。あくまで大切なのは、多様な選択肢を示したうえで選択の自由が与えられる社会であることと信じる。