抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

ノーランとは本棚の趣味が合う「TENET テネット」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 という訳で連日更新。ハリウッドも待ち望んだ超大作にしてディズニーみたいな配信スルーも、ワーナーみたいなズルズル延期も許さない我儘な男、クリストファー・ノーラン最新作「テネット」です! 

メイキング・オブ・TENET テネット クリストファー・ノーランの制作現場

WATCHA4.5点

Filmarks4.5点

(以下ネタバレ有)

※本稿には舞城王太郎著『ディスコ探偵水曜日』のネタバレになりうるが、それ自体では意味のわからない図を引用しています。全人類がバイブルにすべきだと思うので是非読んでみてね

 

 1.ノーランだから

 さて、本作の一番の特徴は何といっても、テネットなる時間遡行。ここが難解と言っている人が多い印象がありますね。実際、物理学のエントロピーの概念が出てきたり、物理に強いYoutuberとかに解説動画を公開前に作ってもらったりと、宣伝側もいろいろと苦慮しているように感じられます。

 でもですよ、これまでのノーラン作品を思い出して欲しいんですけど、難解と言われる「インセプション」「メメント」もどっちも序盤でルールをしっかり説明してくれてはいます。そのうえで、見ていくとテーマが変質していって愛だった、となる「インターステラー」とかもあるわけで。結局ノーランにとっては、時間を自在に操るのは手段であって目的でないし、なぜその現象が起こるのか、は御託を並べてごまかしておいて、そういうルールで進むからよろ!って感じな訳ですよ。

 で、今回。いきなりキエフのオペラハウスでのテロ、訳わかんないですよ。訳わかんないですけど、身を任せてそこはサスペンスとして楽しんで、タイトルTENETが出た後は、ちゃんと丁寧に銃弾が戻ってくる原理を説明してくれる。

 それどころか、そうはいっても時間の流れ通りにインドで侵入作戦をして、空港の下見まで済ませ、ようやくここで逆行する敵が出現。今度はもう一回ルールを見せた上での自分だけが逆行する世界を見せて、ここまでがチュートリアルみたいなもんですよね。こんなに懇切丁寧に説明してくれている作家他にいますかね?考えるな、感じろ的なことも言われますけど、身を任せておけばそれでいいと思うんですよね。

 そしてそれを踏まえてのシベリアでのラストバトル。これもちゃんと全体への襲撃説明をして、赤は順行、青は逆行っていうのをしっかり視聴者の為に配色。両者が同時に進行する時間挟撃作戦は確かに面倒くさいですが、みながら指を時間の流れの側に向けておいてひっくり返ったら入れ替えてれば流れ自体はつかめました。

 で、そういう理解に役に立った概念的なものを一応紹介しておきたいんですが、これがマイベストミステリの舞城王太郎著『ディスコ探偵水曜日』。パインハウスでの殺人事件に対する多重解決ものでありながら、世界や宇宙の在り方を規定していき、最後には愛で終わる全くトンデモな本なんですが、そこでの推理の過程に時空の構造がどうなっているのかの図解があって、本作鑑賞中も常にこれが頭の中にありました。

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(舞城王太郎ディスコ探偵水曜日(下)』新潮文庫,2008,p.548)

  時空がラグナレクで終息を迎えるそこで反転して進んでいく、みたいな感じですが、まああの回転機械に入るとその壁にぶつかった、みたいな理解で。旅人算の図を描くときみたいに、クネクネするだけで基本構造はこれと一緒と。最終的にロニーが折り返していたのも遠い未来だったというだけで、この図でいうラグナレクとなる瞬間がいっぱいある、それだけの話ですね。真面目な話、この本読んでるだけで大概のミステリとSFは雰囲気は理解できるし、舞城王太郎読んどけば、ラブストーリーとコメディ、不条理系もカバーしてるので本当にオススメです。

 さて、そういう時間遡行を引っこ抜いてノーランに固有の感想となると、やはり実物感の迫力ですよね。ダンケルクでも当時の戦闘機を借りたか、買ったかしてたハズ。だから、今回の中盤のド派手な見せ場、旅客機が突っ込むシーンもきっとちゃんと旅客機買ったんだと思うんですよ。CGじゃないと映画外の文脈で知っているがゆえに、なんて恐ろしい撮影をしているんだ、と思ってしまいます。

あとセーリングね。あれってライジング!で浮くんですね。スポーツは色々知ってるつもりでしたが、マリンスポーツは完全に守備範囲外だったのでびっくりしました。いやー豪快!素晴らしい!下手したら金塊も本物だもんな…

2.ノーランなのに

 ノーランといえば、大傑作「ダークナイト」がおそらくもっとも有名だとは思うんですけど、あのダークナイト3部作でも私は格闘シーンがいたく不満で。ノーランってアクション撮るのが下手なのかな、なんて思っておりました。

 ところが、今回はその予想に反し、肉弾戦も素晴らしい!空港での逆行している自分との格闘は、ただの格闘ではなく時間が逆方向に進んでいることを利用しつつ、十分に説得力のあるものが描けていたと思います。カーチェイスもスピード感を殺すことなく撮影に成功しているし、何より消防車の梯子につかまって車の屋根の上から侵入していくシークエンスも素晴らしかった。この辺は、構造的にも007をやりたいんだろうな、とは思います。今最新作の公開に向けて『007は二度死ぬ』まで見たんですけど、いや全然ノーランの勝ちです。

 そして圧巻の映像が届けられる最終決戦。ここもここで、集団の軍隊としての脅威をしっかり描けていて、ここではキャスリン・ビグローの『ゼロ・ダーク・サーティ』を見て研究したのではあるまいか、などと思ってしまいました。

 

 とまあここまで雑な感想を書いていましたが、鑑賞前の予想ではタイトル通り、映画も途中で折り返して回文みたいになるんだろうな、と思っていたので基本『メメント』で『インターステラー』の愛のように友情の物語として終わる、というノーラン成分マックスで終わったので大満足でした。ニールと名も無き男の愛ですよ。『工作』みたいに最高の愛なので、本当はこの後の離れて気づく本当の気持ち編が1番面白いはず。だってかの物語はニールの完結編で、名も無き男の第1話だもの。

 まあ、やっぱノーランは仕掛けを作って、その中でどう人が動くか好きなんでしょう。などと言っていったら、ニールは、作中に出てくるキャットの息子なんじゃね、みたいな考察出てきてて、ああそのパターンだと愛じゃなくて親子愛じゃないか、なんて思いました。すげえな。まだまだ私は映画好きを名乗れませんね。

 最後に、『メメント』の感想でも書いたんですけど、ノーランってやっぱりSFの人じゃなくて、ミステリーとサスペンスの人だと思うんですよ。今回も結局プルトニウム、もといアルゴリズムなんてのはただのマクガフィンじゃないですか。多分飲み会で本棚の中身紹介しあったら、凄い盛り上がりそうなんだよな…と親近感を抱いておしまいにしたいと思います。