抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

創作を蔑ろにする奴は許さぬぞ「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 前回体調不良でリタイアした作品をリベンジしてきました。これで、九州に帰省中に見逃した映画は全部クリアしたはずです。そんなことを思ったら、もう次々公開されていてああ時間とお金足りない…。

Les traducteurs - Ouverture

WATCHA3.5点

Filmarks3.7点

(以下ネタバレあり)

1. ミステリとしては物足りぬ

 さて、実際にダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチコード」シリーズの『インフェルノ』翻訳を地下室に閉じ込めて同時翻訳した、との実話から作られた本作。そこまでするほどなのか、とびっくりしますが、今回はそのはずなのに流出した、という作品になっております。

 で、ミステリとして考えると謎は以下の2点。

 ①流出させ、脅迫しているのは誰か。

 ②電子機器を没収してある監視下においてどうやって流出させたのか。

 まあ、ほぼ同一といって良いでしょう。

 ただ、今作においては混乱して乱暴になっていく社長エリックと9人の翻訳家がいるだけなので筋道立てて教えてくれる名探偵がいるわけではない。そのため、中にいる彼らより、客観視しているスクリーンの前の私たちの方が冷静に状況把握をできます。

 その結果、①にあたる部分はエリックと原作者オスカル・ブラックしか原稿を見ていないのだから翻訳家の中に流出させた人間がいる、という前提に疑義が生じ、オスカル・ブラックが流出元だという仮説がもたらされ、更にそうすれば自動的に②のハウダニットは地下室にいないから関係ない、あるいは地下室に持ち込まれる前にコピーしてある、という結論に持ち込むことは容易です。更に、この①に関する仮定をエリックが全く考えないことから、オスカル・ブラックを殺害している可能性は極めて高いといえ、そうすると画面上に登場したオスカル・ブラックは偽者で別の誰かが本物の著者、ということまで推察できる。

 うん、これぐらいが割とさらっと分かってしまうのでミステリとしての面白さ、謎解きの楽しさはそこまで無いかな、という印象。

 そして、こういうタネ明かしを全部オスカル・ブラック本人こと英語翻訳担当者アレックス・グッドマンがエリックに話して聞かせる、という手法で行う為カタルシスもそこまでない。事件の只中と2か月後を交互に描くことで、中盤まで逮捕されているのがエリックだと分からないようにしているのは少しサプライズでしたが、最大のサプライズはそこまで。ラストに明かす謎としては、ちょっと真相は弱かったように感じました。まあ「ナイブズ・アウト」を見たばっかなのもあるかもしれません。あっちのが上手かった。

tea-rwb.hatenablog.com

2.パノプティコンとして

ja.wikipedia.org

 どちらかというと面白かったのはコチラ。言ってしまえば、監禁もののおもろしさですよね。パノプティコンといえば、フーコーの著作が有名ですが、簡単に言えば刑務所。看守としてのエリック及び警備員と囚人としての翻訳家たち。当然、力関係があるのでエリックにすり寄るもの、内部で仲間割れのような行動を起こすなど、人間模様として面白いものがありました。

 また、それを逆手にとって観客を騙す方向で数人が共謀していた、という展開自体は好きでしたが、最終的にあそこで明かすのであればそんな方法取らなくて良かったのでは?というのが否めません。アレックス=オスカル・ブラックがバレなきゃ大丈夫だと思うんですが。

 ってか、久々に調べてびっくりしたけど、パノプティコンを設計したのベンサムなんですね。功利主義以外にもベンサムの特記事項があったとは...。

3.この愚か者に鉄槌を

 トータルとしては、表現、そして人間の権利に敬意を払わないエリックに天罰を食らわせ、更には復讐も入っている、という動機面の追加もあったわけですが、なんだか最近ずーっと虚構や物語を愛すると言って憚らない私みたいな人じゃんか、なんて思ったり。勿論、アレックスの方が実際の創作に手を出しているので偉いんですよ、間違いなく。

 単に事件だけでも表現や人間、創作者を軽視し、利益追求に走っていることは描写できていますが、ダメ押しのように自作の小説を書いていたトゥクセンを自殺に追い込んだり、ローズマリーから文学への愛を奪って裏切られる様を映すなど、これでもかと表現の素晴らしさを謳歌。まあ出世といって文学への愛を語る人物に営業部長を提示する時点でクソだし、ほんとクソでしたね、エリック。

 ただ、そういうエリックの一つ一つが結果としてみると、非常に凡庸で類型的な資本主義者としてしか描かれておらず、悪役としてはイマイチだったかな、とも思います。
そもそも実話ベースとはいえ、ここまで人権無視がまかり通るようにも見えないし、出版業界で成功している人間なのに翻訳者を透明人間として扱うあたりちょっと解せない。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」や「セッション22」の海外文学特集なんかを聞くと、翻訳者って非常に重要なファクターだと思うんですけどね。あれですか、チャンドラーが春樹訳で出たから買いなおす、とかそういうのって一般的じゃないんですか!?

www.tbsradio.jp

 最後に、『インフェルノ』はダン・ブラウン同意の下で地下翻訳が行われたらしいので、少なくともその点でエリックよりも版元の原作者への敬意はありそうです。