抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

死にたい理由「死に損なった男」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は『メランコリック』が好評を博した田中征爾監督の作品。小澤征爾以外でこの「せいじ」の人を初めて見ました。

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WATCHA4.0点

FIlmarks3.9点

(以下ネタバレ有)

 

 本作は全体の構造で言えば、セラピー映画。死のうとした関谷一平、だが飛び込もうとした電車はその一駅前に別の男を轢いたことで飛び込むチャンスを失った、から始まる物語。その関谷に、一駅前で飛び込んだ森口が憑りついて大変、というコメディだ。当然、一度死のうとした関谷がもう一度生きる気力を取り戻すようなセラピー映画になるようにできているのだが、それだけでなくその森口の娘の唐田えりかも父の死から立ち直るきっかけを貰う訳だし、唐田えりかに付きまとう(これもある種の憑りつき!)元夫にもそのサイテーっぷりから立ち直るチャンスを与える。関谷が作家として関わってきた芸人にも新たな旅立ちを祝福し、そこに関わっていたちょっと出し抜こうとしているかのような後輩作家もまた、死に損なった男であることが分かって救済される。基本的には、そういう優しいセラピーの映画である。全体を通して主演・水川かたまりの持っている冷徹さと人間っぽさの融合加減がいい感じであることも含めて、吉本興業の社是かと勘違いしてしまいそうになる明石家さんまの「生きてるだけで丸儲け」的な雰囲気を感じる。勿論、コント監修にインパルス板倉がクレジットされ、本人役なのか良く分からなかったし、よく考えなくてもいらないシーンだった三浦マイルドバイク川崎バイクなんかも含めて、お笑い芸人という磁場とテーマを融合させるとここに行きつくんだな、って感じがある。吉本興業自体はその方向から外れまくっているようにしか思えない、という猶予は必要だが。

 ということで、まあ設定勝負なところも含めて凄くコントに近い作品だが、それを100分持続させて三浦マイルド&BKBのパートが邪魔だった以外は結構ちゃんと興味を持続させ続けるということには成功しているのはちゃんとしている。導入で関谷の生活を一定見せておいて、まずは幽霊が見えることによるリアクション芸、その後殺そうとする相手の紹介、一旦コントの成功のために台本を書く=笑いで唐田えりかを救うというパートに入って、その後再び殺すパート、そして後日談。シンプルなんだけどきちんとしていて、生きてりゃいいことあるんだろうし死なずに明日もちょっとだけ頑張ろう、自分がいい人でいればいいことあるさ、と思える塩梅に作ってある。ころっと良い奴に戻ってしまうDV野郎は、その凡庸すぎる悪さも含めてゴールデンボンバー喜矢武豊が好演していた。

 一方で、これはこの映画がどうこうではなく自分が世の中に思うことに触れることになるのだが、明日も生きてみようかな、と思えるのは絶妙に信頼できるラインの仲間がいて仕事も一応あって、そして関谷さんがちゃんといい人だから、っていう前提が必要なのも事実で。そんなことを言える社会になっているか?という『ソウルフル・ワールド』にも通じる不満は抱えてしまう。序盤に関谷が遭遇したサラリーマンたちがそうであるように、人々は現在常に鬱屈を抱えている。死ね、とか殺すぞ、のカロリーがすっごく軽くなっているという表現側の問題と、それがすぐに表出してしまうほど社会が限界に近付いているという問題の2つの側面があるんだろう。その時に、こういう映画を見て前向きになれる人はどっかで勝手になるだろ、ぐらいの温度感でもある。『メランコリック』の田中監督に期待しているものとしてはちょっと弱い。それは別に悪いことではなく、私個人の受け取り方の問題だ。自分自身に救われる価値を見出していないからか、目の前の人を救ってくれる優しい映画よりも、社会の側を変えていくメッセージのある怒りの映画の方が好みということなんだろう。とはいえ、死にたくなる理由が夢が叶ったその先に何も無かったから、というのは現代日本を象徴する良い理由だった。