抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

誰がこねたパン「ヨーロッパ新世紀」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は昨年の東京国際映画祭で見たかったけど見れなかったやつ。ルーマニア映画です。

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WATCHA4.0点

Filmarks4.0点

(以下ネタバレ有)

1.垂れ流しの有害性

 なーにがヨーロッパ新世紀じゃ、新世紀はお先真っ暗じゃ!!っていう感じでした。いきなりドイツでブチギレて食肉工場から逃走した男が主人公。彼は地元に戻ってなんやかんやある訳ですが、もうなんやかんやありすぎて。息子は森で何かを見て喋らなくなるし、以前関係のあった女性の経営するパン工場スリランカから労働者を雇い入れたら排斥運動が起こるし、ってあれ?起きてるのはこの二つの問題ぐらいか。そうは思えなかったぐらい暗澹たる時間を過ごした記憶…。

 基本的にはこの主人公の男、マティアスが非常に有害性を顧みることなく垂れ流しにしているんですよ。そも、ジプシーと言われてブチギレて瞬間湯沸かし器になってる時点でアカンのですが、地元に帰ってからのマチズモ的な振る舞いで息子に寄り添うこともなく、妻はもう私に愛がないと不倫に堂々と走る。そんなこと言っておいて、彼女が排斥された従業員をかばうとよそ者の男を泊めるな、と言ってのけて「あんたの所有物じゃないんだわ」と怒られる始末。

 だが、真に醜悪に映るのはやはり排外主義が横行するこの村の住民たちだ。男も女も老いも若いも雇われてやってきたスリランカからの労働者に出て行けと口をそろえる。こいつらの触ったパンを食いたくないだの、アジア人は医学的な見地から我々と異なるウイルスを保持しているだの、それはもうヘイトスピーチといって全く問題ない非常に苦痛な言説が展開される。このまったく論理的でない論理が口々に展開される長回しでの地域大会のシークエンスは非常に印象深く、まさに垂れ流しという表現がぴったりの緊張感とは無縁の、しかしそれゆえに誰からどんな酷い言葉が飛び出すのか分からない緊張感に満ちるという矛盾を抱えたものだった。おそらくは、村の若い人たちがマティアスのように国外に出稼ぎに行っているのに、自分たちは越境労働者を受け入れないという矛盾が表出した形なんだろう。この醜悪な言説空間において、これまで抜群に有害だったマティアスは実に頼りなく、全体の議論の意図すら理解できない(それはそれとして、おてて握ってムーブはウザかった)。

 新世紀、シェンゲン協定以降(シェンゲン協定自体は20世紀のものだが)に欧州のボーダーレス化が進み、そしてそれは近年更に難民・移民によって人口流入が起きている。ルーマニアにありながら、ハンガリールーマニア、そして若干のドイツというルーツを持つという民族的多様性があるはずのこの村を世界そのものに見立てて、人類の愚かさを描くと共に、寛容であることの難しさを説いている(その顕著な例示として用いられる言語によって字幕の色と有無が変化する)。例え露骨な排外主義に身を任せなくても、まだマチズモが、少なくともこの映画では乗り越えるべき壁なのだ。

2.ラストが分からないので教えてくださいの巻

 さて、不快な言説空間が急転するのはマティアスの父の自殺だ。その後マティアスに関わってきた人たちは彼の元を去り、マティアスがバイクに乗せて連れてき、その後脱走した3人目の労働者にも構ってもらえない。怒りの暴発なのか、銃口を向けた先には劇中で何度も現れてきたクマが。うーん困った、解釈の余地がありすぎる。

 個人的には、武器を持っているならクマと戦え、というマチズモと武器を持っていないなら関わるなっていう親としての優しさ、というマティアスにとって非常に珍しい二面性を見せる相手がクマであり、そしてこの村の祭りでは住人がクマの毛皮をかぶっていた。移民労働者の排斥をする際にKKKを模したかのような被り物をしていたことがオーバーラップする。でも、マティアスはこのクマを殺せていない。殺せていないっていうことは、ある種のコミュニケートも出来ていなければ、でもクマの頭数を数えに来たフランスのNGOの青年の業務にも影響を与えない=より強固な西欧側の価値観にも同化したわけでもなさそう。つまりマティアス自体が今回の件で考えを改めたってわけでもなさそう。

 ちなみに、これは考えすぎだとは思いますがトランシルヴァニアといえば吸血鬼の聖地。吸血鬼は血を吸うことで感染していく訳でペストなどの感染症がフィクションに転嫁されたとも言われますが、そこにグローバリゼーション的な広がり、拡散みたいな意味合いとかを感じたりして。あるいは、ヨーロッパ全土に広がっていくもののルーツはトランシルヴァニアだぞ!みたいな自意識のある場所だから選ばれた…とか?