抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

人によっては致命傷「花束みたいな恋をした」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回は2021年最初の大ヒット作品「花束みたいな恋をした」の感想でございます。なんだこの殺傷性の高い作品は!!

 ミネイロンの惨劇の話に始まって、ジュリオ・セーザルの話で終わる恋の物語、調布が舞台、なのになぜ出て来ないFC東京。こいつら絶対味スタに来てるはずなんだけどな。

 あとこれ、普通の恋愛なんですかね。いや、いいです、なんか自分の恋愛観バレそうなんで!

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WATCHA4.5点

Filmarks4.3点

(以下ネタバレ有)

 1.始まりは終わりの始まり

 本作は菅田将暉演じる麦と有村架純演じる絹の5年間の恋愛模様を描く作品。特徴的なのは、「始まりは終わりの始まり」という言葉。今回は恋愛において描かれたが、まあこれは全てにおいて同じで。ということで、この映画自体も終わったのちの姿を見せた上で、ではどうしてそうなったのかを見せていく作品。こうすることで、ただの恋愛映画がかつてあり得た世界を懐古するような視点になり、恋愛とか、現在とか、幸福の脆弱性なんかを感じる訳ですね。

 麦くんも絹ちゃんも、いわゆるサブカル畑、と言えばいいのでしょうか。押井守の姿を見てそれが共通言語として使える人同士だった、ということで一気に接近する二人。散りばめられる固有名詞は、映画を見ている人にも刺さっていくし、それは世界観を共有させ没入させていく装置になっている。だから、普通の恋愛映画だと思ってきたら知らない言葉だらけでつまんない、みたいな感想も出てくるような気はする作品だろう。

 2人はみるみる恋に落ちていき、同棲し、すれ違い、破局していく。途中で絹ちゃんがする就活、麦くんはやりたいイラストの仕事、というフェーズがあり、それが逆転して麦君が就職、絹ちゃんが好きを仕事にするという展開で、価値観の相違を浮かび上がらせる。いやーお上手ですね、と言わざるを得ないですよ、そりゃ。

 非常に上手だと思うのは、麦くんと絹ちゃんは会うタイミングが悪かっただけで、出会ったときから破局した時の生活リズムだったら結婚してたかもしれない、と思わせるところや、男女が逆転しようと変わらない普遍的な物語に落とし込めているなぁ、と思うところ。麦くんが最初にプロポーズをするところは、多少夫婦の役割意識みたいな問題は感じましたが、まあ基本的にはどっちがどっちでも大差ない。だって、絹ちゃんが就活していた時は麦くんが社会がおかしいって怒っていたんだもの。

2.文化は耕さないと死ぬ

 この映画を見ていて本当にキツくなるのが麦くんの変化ですよね。ゴールデンカムイは7巻で止まり、今村夏子を読んでも何も反応しない人間になってしまう。サブカル、と言われてしまうとあれですが、いわゆる娯楽や文化を楽しむ心持ちっていうのは、それを続ける努力をしていないと腐っていってしまう。そして心と時間にどんどん余裕がなくなっていくとインスタントで刺激の強い劇物摂取になっていっちゃう。この映画だと、カルチャーに限らず、食事やお酒、コーヒーなんかでもそれは描写されていましたね。でも、そういう文化を楽しむには生きていくだけのお金が無くてはならない。難しい課題です。

 と同時に、東京だから成り立つ物語だよな、とも言えます。ミイラ展がやっていて、カラオケ屋に見えるカラオケ屋があり、本屋があって、映画館、それもリバイバルをしてくれるほどの種類があって、ライブハウスがあって、ファミレスがあって。文化を楽しむ時間も余裕もあったとしても、最初からそれを知る素地が、環境が無いとそれはかなわない。長岡にずっといる麦くんのお父さんは花火以外は無価値、みたいな価値観だったのが思い出されます。

3.殺傷性の高さ

 みなさんは恋愛描写として殺傷能力の高い映画、カップルで見に行かない方がいい映画、なんて言ってると思うのですが、私には違う点で殺傷能力が高い映画でしたね。

 なんといっても私は調布市民で京王線ユーザー。麦くんの住む調布は勝手知ったる街で、絹ちゃんの住んでいた飛田給はサッカー観戦にしょっちゅう訪れます。二人が終電を逃す明大前は、何度も乗り換えるし、あの甲州街道も歩いたことがあります。ゴールになっていたPARCOなんてその向かいのマクドナルドに映画を見たらいつも行っているし、なんなら麦くんが自己啓発書を読んでいた本屋はPARCOの中ですよ。同棲した多摩川沿いの家の場所も見当つくし、初詣していた神社も名前まで分かる。千歳烏山芦花公園のガスタンクにも心当たりがある。くりばやしの餃子も府中の再開発の前から知っている。全部知ってるフィールドで話が進む。そんな恐ろしいことがありますかね。まあだからロケ地的な矛盾にも気づいちゃいますが。f:id:tea_rwB:20210222221856j:image

 それでいて、私は生まれこそ東京でもありませんが、親の引っ越しですぐに東京に出てきているので実質東京出身。当ブログを読んでいただければわかるように、アニメ見て、映画見て、推理小説ですが本を読む。漫画と音楽はそこまでですが、代わりにスポーツ観戦が趣味。そういうものを「余暇」と呼ぶのは許せない、そっちの為に余った時間にお金を稼ぐのだ、という心づもり。ほとんど絹ちゃんじゃん、と思ってしまいましたね。

 だからこそですよ、私は有村架純じゃないし、菅田将暉じゃない。あの2人だから成立した話ですけど、自分があの場に立っていたらこんなに醜いお話はない訳です(自己肯定感の低い人の文章)。花束じゃないです、ええ。

 なんかね、そういう意味で京王線でこんな話されちゃうと自分って…みたいな自己憐憫に陥ってうわー大変って具合に殺傷能力が高いのです。そもそも私には恋愛する気は殆ど無いので、その点は本作は自分を強化する方向でしか働きませんし。文化を楽しむ金銭的余裕の為には、1人の方がいいんですよ、実際。

これは集合場所になってた駅出入り口横にある本屋に展示されてた衣装です。

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おかしいな、靴の色とかさ、コイツらインキャに見えて陽キャ側では?とか思ったんだけどこの余白には書くスペースがない。