抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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強奪物、と思いきや。「アメリカン・アニマルズ」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回も試写会で鑑賞した作品。図書館から希少本を強奪した4人の若者を描いた「アメリカン・アニマルズ」の感想になります。

 監督同席のトークショーもあり、鑑賞終了後には監督にサインをいただき、拙いながらも刺激的で面白い映画でした!と英語で直接伝えられたので良かったです。写真一杯撮ったから写真多めで!

 バート・レイトン監督にサイン貰ったチラシ!

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WATCHA4.0点

Filmarks3.9点

(以下ネタバレ有り)

 1.外れ無しの強奪物!

 まず極論として、チームで物を盗む映画って外れがほとんどないと思うんですよ。盗もうとしているチームとしてのキャラクターに盗む算段、そしてその実行でのサスペンス。キャラが最大に立った結果が、ルパン三世シリーズだと思いますし、プロフェッショナルが各々の役割を完璧にこなすオシャレさが「オーシャンズ11」であり、「オーシャンズ8」でした。

tea-rwb.hatenablog.com

 

 ところが、今回強奪を行うのは何の変哲もない、しかも生活に困ってとかでもない将来有望な4人の若者。めちゃくちゃ素人集団だし、盗みが出来そうもない訳ですよね。

 実際、物語の主軸としては事件の計画→実行にありますが、まあ中々うまく行かない。そして後述しますが、少し特殊なつくりな今回の映画。しかし、強奪物の面白さを損なわないように肝心の強奪シーンではその構造を完全に捨てて、計画実行の模様、そして当然のように襲ってくる想定外。ここのサスペンス、焦燥感はしっかり伝えてくれます。

 計画段階では、強盗のイロハを「オーシャンズ11」や「レザボア・ドッグス」(明らかにオマージュもあったのに未見だ!しまった!)なんかから勉強してる時点でどことなくダメダメ感も漂う訳ですよ。ただ、この計画を考えている段階の演出もミニチュアを使ってみたりと、色々やっていてこれも十分面白い。ところが、重要なのはこの映画は強盗が成功するかどうか、そんなことではない、ということなのです。f:id:tea_rwB:20190511171921j:image

2.アイデンティティクライシス

 この映画で最も描きたいことの本質は、何故彼らが犯行に及んだのか、という視点です。ドラマティックに、あるいはヒロイックに彼らを捉えるのではなく、きちんと犯罪者として、と同時にさまよえる若者として捉えています。

 主人公のスペンサーは芸術家志望ですが、受験の面接で作品はいいが、あなた個人について教えてください、と言われて答えられない。芸術家として何か特別な経験をしないと、偉大な先達のようにはなれない、というアイデンティティの崩壊と強迫観念にかられて今回の強奪を思いついちゃう訳です。

 相棒のウォーレンやこの後加入してくるチャズ、ボーサクも平凡な日常に何か刺激が欲しくて参加してしまいます。結局彼らに共通するのは、自分が何者であるかを証明する何かが不足していると感じていること。彼らが住んでいるのがNYではなく、ケンタッキー州レキシントンだということも影響しているのかもしれません。その辺はアメリカの細かい地理に疎いのでなんともいえませんが。

 ただ、ここであぶり出される若者の平凡な日常への失望って、決して彼らに特有のものではないと思うんですよね。タイトルにこそ、「アメリカン」と付きますが、正直アメリカ特有では全くないし、私が日本の若者の枠に入ってよろしいのであれば、何者でもない、という感情は十全に持て余しています、三浦監督の「何者」が怖くて手を出せないレベルで。f:id:tea_rwB:20190511171930j:image

3.実話モノ=history=his story

 ところで、前段で書いたようにこの映画の主眼は普通の若者が何故そんな強奪に及んだのか、という動機の部分にあります。しかし、実話モノで動機を扱う、ということは当然本人たちへの緊密な取材が必要になります。

 この映画では、なんとそれを犯人グループの4人や被害者の司書などの本人がカットバックで出演する、まるで回想ドラマを見ているかのような手法を用いて表現することに成功しています。彼らはみなカメラ目線で観客に語り掛けて当時を振り返るので、思わず彼らとの対話を我々も余儀なくされ、主眼のアイデンティティの話が我々にも響いてきます。ドキュメンタリーなのか、モキュメンタリーなのか、ドラマなのか。ジャンルの境界をウロウロしまくり。

 また、その手法を有効に使い、ある事象に対してウォーレンとスペンサーの証言の食い違いを映像で表現するなど、劇中の言葉を用いれば、信じている物語と信じると決めた物語が違うことをしっかり表現しています。こうした自己物語的なアプローチは、大物で言えば黒澤明の「羅生門」でしょうが、昨年は「アイ、トーニャ」がありましたね。

tea-rwb.hatenablog.com

 

 最も特徴的に表れていたのが、盗んだものをどう売るかの為にウォーレンがアムステルダムに旅立つシーン。アムステルダムでの出来事はウォーレンしか知らないので、その過程はウォーレンの話を信じるしかない。そこに対してスペンサーもボーサクもオランダにすら行っていないのではないか、とまで言及している。

 監督はあくまで、実話をもとにした物語、ではなく実話だ、ということを冒頭で強調しています。これは実話=真実ではなく、彼らの語る物語がそこに表されている、そこに彼らが真実だと決めたものがある、それを実話と呼ぶ、ということだと思います。

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 最後は、監督と映画秘宝編集長岩田さんのフォトセッションで〆。

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