抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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中国からの新風「迫り来る嵐」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 新年早速見てから1週間以上記事書くまで掛かってしまいました。まあ感想が難しい作品だったのはあるのですが。ここから3月まで毎週のように注目作が公開なので遅筆をなんとかせねば、という思いだけはあります。

 というわけで、2019年最初の新作感想で扱うのは、中国映画「迫り来る嵐」です。香港映画も見たことないし、中国資本はあっても、劇場で華流映画を見るのは初めて。去年の韓国映画といい、少しずつ色んな国の映画を見ていきたいですね。こうなると、バーフバリ見てないのが悔やまれる…

迫り来る嵐(字幕版)

 

WATCHA4.0点

Filmarks3.8点

(以下ネタバレあり)

 

1.私立探偵ものかと思いきや…

 事前に分かっているあらすじ的に言ってしまえば、工場内の事件を解決してる名探偵気取りのおっさん(ユィさん)が実際に工場の近くで起きた殺人事件の捜査を買って出て…みたいな話な訳です。当然そういう路線を期待して謎解きを見に行ったのですが、結論としては全く違う、しかし確かに力を感じさせる映画でした。

 映画の始まりは出所手続きと思われるシーン。その後一気に過去の1997年に飛ぶのですが、この時点で現在と過去で色彩の鮮やかさがまるで違う。過去の方が暗く、重い。砂埃も舞っている。

 そうすると、先ほど出所したのと同一人物がしれっと子分を連れて事件現場に参加してくる。貸しがあるのか警部と馴れ馴れしく、いい具合にへいこらして三下感もある感じ。

 この先、ユィは事件を捜査しながら犯人と追いかけっこになって子分を死なせてしまうところまで行ってしまい、こっちは驚き。子分の死と引き換えに手に入れたのは犯人と思わしき人物の靴だけ。犯人にどんどん迫っていくのかと思いきや、警察は全く違う事件の捜査してるし、ユィも事件を追うのかと思ったら恋人に念願の美容室あげちゃったりして。しかもさらっとリストラされたりして。

 ちょっと中だるみしちゃう話だったなー、と思っていたら、実は恋人をおとりに犯人をおびき出そうとしていたユィさん。完全に頭のネジが外れちゃってるわけです。そうやってなんとか追い詰めてボコボコにした犯人は別人で、暴行で逮捕、と冒頭に繋がっていくわけです。

 ここまでの話で思い出されるのは、ポン・ジュノ監督の傑作「殺人の追憶」の民間人Verって感じでしょうか。思い込みで事件を捜査して間違った方向にどんどん進んでいって事件は迷宮入り。途轍もない絶望と虚無感を抱えながら終わっていく作品でした。今回の「迫り来る嵐」は民間人が思い込みで捜査をしてそのまま間違った方向に突っ走って収監されるところまで行ってしまった、という点類似していると感じました。

2.すべてがひっくり返る現在パート

 出所したところで映画は終わるわけではなく、その後ユィは当時の足跡を訪ねます。懇意にしていた警部は病に倒れ、彼の手紙を元に歩いていくと事件の真犯人と思われる人物はあっさりと事故死したことがわかり無情感が大きくプラスされ、事件当時を知る人は誰もいないことがわかります。

 ここで話が一気に急転するのですが、その当時にユィが表彰された建物に行ってみると、そこの管理人に警備員が表彰された事実はない、と断定されてしまうのです。振り返ってみると今や証人もいない、当時の会話とリストラされた事実も相反する、転落した子分の死因は脳出血脳挫傷ならわかる)と不思議な部分がちらほら。編集もわりとぶつ切りで場面転換されてしまっているので、過去と現在が切り替わった瞬間以外は明確な時系列の説明もない。いったいどこまでが実際に起きたことで、どれが虚構だったのか。事件を追うあまりどこからかが妄想譚で、そのせいで無実の人間を殴打したのか。おそらく、ユィ本人も含めてですが、全員が全員、真実が分からなくなるのです。

3.1997年という舞台。

 この作品の大きなキーポイントは過去パートが1997年に設定されていることでしょう。1997年は香港が中国に返還された年であり、劇中でもユィの恋人が香港返還後に香港で美容室を開店させるのが夢だ、と語ったりしています。

 この恋人、イェンズとユィの対比が示唆的で、香港返還後の未来・あるいは置かれていた現実を見ていたイェンズと、起きてしまった事件の捜査に固執し、過去・そして前述のとおり、もしかしたら夢の中を生きていたユィ。両者がすれ違うのは当然だし、その末にイェンズは電車に投身。それとも、ユィの夢から消えただけ…?

 1997年と2008年の唯一の結節点は表彰式の会場と停車中のバスで降る雪。同じ構図になるわけですが、しかし表彰式は殆ど虚構であることが確定している。この時において、現在降る雪はいったい何を意味するのか。

 タイトルの「迫り来る嵐」。作中は確かにずっと暗く、雨も降っていますが決して嵐が来ているわけではありません。そして何より中心となる事件の犯人の顔はフードで覆われていて観客にすら誰なのか、ということは明かされません。つまり、事件の真相なんて些末なもので描きたいのはそれではないということでしょう。

 おそらくは、香港返還という出来事をきっかけにした中国の大変革を嵐と捉えている。そうすると、現在パートが2008年、北京五輪の年だということにも何らかの意味を感じます。韓国映画と違って正面切っての体制批判と捉えられかねない表現ができない中国において、精一杯何かを投げかけようという強い意志は感じました。

 ドン・ユエ監督はこれが初監督作ということで、アジアにはまだまだ可能性がある監督さんがたくさん眠っているんだなぁと再確認。中国映画といえば大金投じて大コケみたなネタばっかり目に入るのを少しアップデートしなくては、とも思います。