抹茶飲んでからマラカス鳴らす

見た映画、読んだ本、見たアニメ。そんな話を中心に。。。

「打ち上げ花火、下から見るか?横からみるか?」をどう見るか。

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 ホムカミの次は、「君の名は」を彷彿とさせる宣伝戦略を行っている夏アニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」です。

もともと実写の原作があってのアニメ化なんですね。後から知りました。

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Filmarks3.2

WATCHA3.0

(以下ネタバレ有り)

  さて、「君の名は」を期待した客層は大きく面食らったであろう本作。

途中まで、タイムリープなのか、世界線の移動(パラレルワールド)なのか、妄想オチなのか、区別がなかなかつかず、頭を使う映画でした。結論から言えば、私は世界線の移動だと思っていますが、少し、整理しながら本作を考えていきたいと思います。

1.第1の分岐:プールでの競争

 始めの分岐はプールでの競争です。最初は典道が祐介に敗れ、なずなは祐介を花火大会に誘います。しかし、なずなを好きなはずの祐介はチキって逃げ出してしまいます。それを伝えた典道は、なずなが親に連れ戻される場面に遭遇し、不思議なifと書かれた玉を投げることで分岐に戻ってきます。

 こちらの世界では、典道が祐介に勝利し、典道がなずなに誘われます。前の世界と変わらず祐介が典道の家にやってきますがこれを振り切り、2人で出かけます。しかし、今度は駅でなずなの親に追いつかれて2人のお出かけはここまでに。余談ですが、いくらなんでも平気で子どもに暴力振るうような男とは結婚しない方がいいと思いますよ、なずなのお母様。ちなみにこの後横からみた花火は平らな形でした。

2.第2の分岐:駅での別れ

 ここで、典道は「駅で追いつかれなかったら」と念じてまたも世界線移動。タッチが色鉛筆状に。そしてなずなのライブシーンまで。まるで別世界。無事駅で見つからなかったものの、車中にいるところを発見され2人は灯台へ逃亡。そこからみる花火は不思議な形をしていました。そこを追ってきた祐介に突き落とされる形でまた分岐に戻ります。祐介はほんとになずなが好きなのに、迫られたらチキって逃げて、取られたら拗ねて、あげく突き落としちゃうって最悪じゃないですか、やだ-。

3.第3の分岐:電車での逃避行の発見

 さあ、電車での逃避行が見つからない世界線を望んだ典道のおかげで電車は海の上を走ります。どう見ても千と千尋で銭婆の所に向かうシーンを思いだす構図です。茂下駅に戻ってきましたが、なにやら空間に障壁のような文様が現れるおかしな世界線になっている模様。私はてっきり、道典の望んだ2人だけの世界になったことの表現かと思いましたが、灯台に祐介たち4人もいましたし、花火の形を教えてくれた(嘘だったけど)酔っ払いの花火師も出てきました。その花火師が例の玉を花火玉と勘違いして打ち上げます。上空へ飛んでいき砕け散る玉。これで世界線移動は不可能になるわけですが、このことがエンディングの解釈が分かれそうです。いずれにしても、砕け散った玉の破片には全てのあり得たかもしれない分岐の世界が描かれます。本当に東京に駆け落ちしている道典となずな、キスする2人。第1の分岐で逃げなかったであろう祐介となずなが夏祭りに行く様子。いわば、ラ・ラ・ランド状態ですね。

4.エンディング

 夏休みは終わりを迎え、なずなは転校しているはずです。そんな始業式。典道は学校を欠席(もしくは遅刻)しています。この意味の解釈が難しい。この始業式がどの世界線の延長なのか、っていうことが重要だと思います。

 ①玉の破裂によって世界線移動がリセットされた世界

  リセットされた場合でも、更に細分化が必要だと思います。すなわち、破裂していったあの瞬間にあの世界線が破綻を迎えて現実(と表現しますが、最初の世界線という意味です。)に戻ったとしましょう。海の中で熱い抱擁を交わしていた2人はそのまま溺れ死んでいる…?という可能性があります。海面に近いところでキスしていたのに、気づけば随分と海面が遠くなっていたのはこの表現ともとれます。

  あるいは、単純に転校したなずなを追って典道が家出しているパターン。こっちのがシンプルですね。

 ②玉の破裂によって世界線移動の能力自体がストップした世界

  この場合、2人はあの世界に取り残されたまま、なずなは転校という事実を処理されているものの、典道は籍を残したまま失踪している、というような事になると思います。

5.まとめの感想

 全体を通して言えることは、かなりこちらに想像力の余地を残した、といえば聞こえはいいですが、こっちにぶん投げたラ・ラ・ランドっていう評価でしょうか。「君の名は」と違って台詞的説明が皆無で、風車や円柱校舎を撮るカメラの回転の向きを逆にすることで世界線移動を表現していたりするので、かなり頭を使います。

 ただ、事前予想通りの部分も。それはまさにシャフト製作というところから予想できる部分ですね。シャフ度と言われる振り向きもございました。

 しかし、なずなはどこまであの玉を理解していたのでしょうか。彼女は最後の世界線で次に会えるのはどんな世界?と尋ねています。典道の荒唐無稽な説明を信じる関係になったという描写なのか、あるいは。事実、なずなが海に実父と来た際に、父があの玉を持っているように見えましたし、同じ場所でなずなは玉を拾っています。なずなの父があの玉を使っていたのか、そんなことも含めて疑問の余地、考える余白の多い映画でした。

 声優を務められた広瀬すずさんは完璧でした。おませな中1にピッタリ。ちはやふるから彼女のファンですね、もう。一方演技ではすごい演技続きだった菅田将暉さんは声だけだとちょっと微妙に。最も、彼の場合周りの友人がプロの声優(宮野さん梶さん浅沼さん豊永さん)だったので特段にそれを感じてしまったのかもしれません。

 最後に、DAOKO×米津玄師の主題歌は良い歌だったということを述べておきます。