抹茶飲んでからマラカス鳴らす

見た映画、読んだ本、見たアニメ。そんな話を中心に。。。

香取慎吾の目が光る「凪待ち」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 レアル行っちゃった、建英…。

 ということで今回も試写会で拝見した映画の感想。昨年の「孤狼の血」が大評判だった白石和彌監督最新作。白石監督作はネトフリでリストに入れっぱなしでひとつも見ていないことが発覚したので、出世作の「凶悪」と日活ロマンポルノリブートプロジェクトの「雌猫たち」だけは見て予習しましたよ。「日本でいちばん悪い奴ら」「彼女がその名を知らない鳥たち」あたりもそのうち見ます…

 試写会は白石和彌監督のティーチイン付きでございました。

【映画パンフレット】凪待ち 監督 白石和彌 キャスト 香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー

WATCHA4.5点

Filmarks4.4点

(以下ネタバレ有り)

 1.ミステリーではない

 この作品、ポスター等では何をやってもダメな香取慎吾が交際相手を殺害されて、その犯人、そして動機が重要かのように「誰が殺したのか?」「なぜ殺したのか?」と掲げられていますが、本作においてそこはちっとも重要ではありません。

 この作品における西田尚美さん演じる亜弓の殺害事件は、香取慎吾演じる郁男をとりまく状況が悪化していくトリガーのひとつでしかないのです。むしろ、それよりも重要なのはそんなどん底にどんどん近づいていっても、それでもそこに何があるのか、ということ。

 郁男はギャンブル依存症で、手が出ることもあるはっきり言ってダメな男。ほぼほぼ底辺のように暮らしていた川崎から石巻に引っ越したことで仕事にも就き、好転しかけたところでの事件。ギャンブル依存からも抜け出せず借金まみれ地獄まみれに。これを抑制のきいた語りや静かな映像多めで進めていくわけです。

 そこで光り輝くのは主演香取慎吾。この郁男のキャラクターは従来日本を代表するトップランナーだった香取さんのイメージとは反対のはずなのですが、薄汚れた衣装、乱れ気味の髪、そして何よりも恨みや怒りを常に孕んだ眼光。この目が口ほどにものをいう。これが最高でした。「哀しき獣」を思い出すような絶望と無が同居した眼差し、でも普段は優しい語り口で根っこの優しさも感じさせる。こち亀両さんや忍者やらマヨチュッチュやらからは想定できない深みを持ってます。ほぼ主演香取さん決め打ちで脚本を進めていったというようなことを監督はおっしゃっていたので、香取さんのこの演技を引き出せると確信していたのか、と思うと慧眼にびっくり。予習で見た「凶悪」の瀧さんが完璧すぎたら逮捕されたことを考えると、まさか…と思いましたが、よく考えなくても綾野剛さんとかも全然普通に活動しているのでそんなことはないでしょう。(しなくていい心配)

私の壊れかけスマホのスペックの限界。右が白石監督だ!

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2.重なる復興

 愛する女性を何者かに殺害され、明らかに思い込みかに見える捜査で犯人かと疑われる、就職先での色々を自分のせいにされて暴力沙汰、DVしていた交際相手の元夫に娘もとられそう、そしてギャンブル地獄で借金まみれ。こうした酷い状況になっても、近所のリリーさんや頑固な養父、そして娘は寄り添ってくれる。それに郁男は報いようと努力するけどやっぱり台無しになっていってしまう。それでも生きていかなくちゃいけない。

 こうした姿は、たかだか2作品見ただけですが白石監督の作品に共通しているようなニュアンスに感じます。監督の描く人物は割とどうしようもないけど、それでも必死こいて這いつくばって生きていこうとする、そんな人物なイメージ。そう考えると今回の郁男も、あるいはそれ以外の役柄のみなさんも必ずどこか優しさが残っている。

 そして、そのようなどうにかして這いつくばっても生きていかなきゃ、という人間の生きざまは当然のように舞台となる石巻、あるいは東日本大震災の被災地すべてに重なる描写でもあります。劇中の印象的な台詞が「震災で全部ダメになったのではない、震災で新しい海が作られた」的なニュアンスのもの。リリーさんが郁男に対して言う「今あんたは死んだ、ここからまた生きないと」的な発言と重なっていきます。

 今や復興の状態はさっぱりニュースにならず、3月11日付近に感動ショーとして消費されているだけに感じるのが関東圏に住んでいる私にとっての印象。それどころかオリンピックのお題目にされながら復興は手付かず、みたいな穿った見方すら感じる。その中で白石監督もまだ復興が進んでいない、という感覚を持ったようでしたが、同時に震災直後の石巻を見ている香取さんからは津波の引いた後の車の山が思い出されて復興の進捗を感じた、なんてエピソードが監督からありました。我々にできることはちゃんと時々でも思い出すことなんだと思います。

 これだけ絶望が襲ってくる映画にしては、非常に優しい終わり方をする作品となったのも、被災地に対して寄り添う姿勢が裏にあったからではないでしょうか。

 

最後に、監督が言っていた日本映画界リリー・フランキーに頼りすぎ問題は実は復興より解決策の見つからない問題かもしれませんね…