抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

壊れている「ミッシング」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は𠮷田恵輔最新作。明日も仕事じゃ、頑張って22時に見終わって帰宅後に書いているだけで褒めろください。抹茶マラカス先生への応援、どしどしコメントなどどんな手段でも構わないのでお寄せください。

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WATCHA4.0点

Filmars3.9点

(以下ネタバレ有)

1.𠮷田恵輔振り返りながら

 𠮷田恵輔監督といえば、まあ基本的に壊れていく人間を撮る印象だ。壊れてしまった人を描きながら壊れる前を一瞬で見せた『ヒメアノ〜ル』、兄弟という関係の変化を描く『犬猿』、文字通りパンチドランクで壊れていく『BLUE』。そしてここ2作の『空白』『神は見返りを求める』は喪失から壊れたモンスターの物語であると同時に、その喪失に横にいる普通の顔した悪者をしっかり悪く描きていた。

 本作もその流れにしっかり乗っているようで、ちょっと丸くなったというか。一応壊れてしまう前の子どもと過ごした日々を一瞬だけ最初に見せてはくれるが、基本的にもう壊れた状態の石原さとみ、壊れた人に寄り添おうとして壊れている青木崇高、そして壊れ切った日本という社会・組織の象徴としてのマスコミの中で孤立する中村倫也三者が主人公。壊れ切った人にカメラが密着しているので終始のその言動は厳しいものがあり、でも適度にこの人は壊れていることを自覚しているから謝ってもくる厄介な状態。本当に不快になっていればよかった『空白』の古田新太より難しいバランスのキャラに思えるし、それを石原さとみがやるっていうのも新鮮だった。石原さとみが農業に従事し、青木崇高が漁業に従事するっていうのが地味にしんどい設定でこの人たちは旬や果物の成長など基本的に1年サイクルで動いていてそれが重なるたびに娘の不在を思い出さないといけなくなる訳で。いっそ忘れて時間が解決してくれる側面も否めない中でそれは本当にしんどいと思う。

 『空白』でのマスメディア描写や『神は見返りを求める』のクリエイター仕草など、悪そうな人間を救済する一方で叩きやすい悪を用意する感じは今回も変わらず、中村倫也の苦悩自体はある程度理解できる範疇ではあるが、そこに対してのやり手若手記者と新人、上層部など割とステレオタイプなテレビマンキャラはこの作品の中でシンプルに敵視していいポジションとして用意されている。あと誹謗中傷してくる顔の見えない人たち。こういう置き方がいいのか悪いのかは判断が自分でもつかないが、そうでもしないとやってられねえ居心地の悪さがあるのは間違いない。まあ社会風刺も入ってくるとそういう「悪役」は必要だろう。あといるし。

 それでも、石原さとみ(半年インタビューでやりにいってる声色の表現はすごく好きだった)と森優作(素晴らしい!)の姉弟中村倫也はきちんとごめんなさいを言い合えるし、自分たちの事件と関係なさげでも一縷の望みを託して勝手に動いた失踪事件の被害者家族からも感謝され、それが次に繋がる輪になっていそうだったり。そもそもそろそろしんどいと言いつつ寄付を集めてくれる漁協にチラシを貼ってくれる蒲郡のホテルや近隣の商店、呼びかけに応じてくれる自治会。ものすごく個々の人たちに対しては希望を持っているというか、𠮷田恵輔らしくない優しさを感じすらした。ただ、彼の理想がここで描かれたような個々の温かみがベースになっていくなら、それは例えば自治会とかのように失われつつあるものだし、それが全盛の時はそれはそれであのテレビ局のような組織としての悪さっていうのは間違いなくあるので塩梅としては難しい。というか、前半そういう組織論になりながら後半はそこがフェードアウトして、最後にもっかいそこに回収しようとしてるのは一貫性がもうちっと欲しいかもしれない。姉弟文脈とか、あそこのシーンだけ切り取るとすごくいいんだけど終わってみると邪魔かもしれない。弟がごめんなさいしたところで終わるならまだしも、その後に宇野さんちと邂逅するならそっちだけで明らかにいいもの。終盤の怒涛のウェット畳み掛けは結構冷めるというか、悪いイメージの時のスターサンズ感はあった。

 あれだね、吉田さん少し丸くなったかい??細田守みたいになってく?笑