抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

「RE:cycle of the PENGUINDRUM 前編 君の列車は生存戦略」「RE:cycle of the PENGUINDRUM 後編 僕は君を愛してる」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 4月から寝かしに寝かしたピングドラムのブログになります。

 

1.前編 君の列車は生存戦略

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WATCHA4.0点

Filmarks4.0点

 さて、ピンドラとの出会いはもう10年も前になろうか…。大学に入学して、1年生の自由単位である、教養的な授業でアニメに関するものをうっかり履修してしまったせいで、夏休みは事前学習と題したアニメ鑑賞を迫られたのだった。その頃は、アニメなんてまだ見ていない頃で、ポケモンやら、ニチアサやら、NARUTO程度の知識だ。その段階で教授から提示されたリストが『美少女戦士セーラームーン』『新世紀エヴァンゲリヲン』『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』『輪るピングドラム』『魔法少女まどか☆マギカ』。よく考えたら、何の防御もしていない大学1年生にイクニ監督にまどマギに、逆に劇薬のハルヒけいおんをぶつけているこの先生、結構えぐいな。

 という訳で、18の夏以来、10年ぶりにピンドラとの邂逅を果たした訳だが、よく考えたらピンドラの放送自体も大体10年前なので、みんなもそんなもんかもしれない。だが、とにかく何にも分かっていない状態でイクニを浴びた私は、結局良く分からん…で済ませてしまったような気もしたし、いやしかし、その割りには分かっていたのでは、みたいな気もする。

 長々と前提を書いてしまったが、まあそういう理論武装、っていうか自分語り風卑下をしておかないと、もう私なんて全然ダメです、っていう構えだと示せないというか、本当に浅いんで許してっていう、そういう話。

 話はね、基本総集編。確かに見たな、っていう記憶もありつつ、しかし細部は全然覚えてないから、素直にびっくりしたりもしていた感じ。なんかもう勝手にイクニさんのひとつの到達点でもある印象だったんで、もっとピンと張りつめて緊張しっぱなしかと思っていたんですけど、いや結構緩くするところもあって、これ初見の人結構面喰いそうな気がするけど、全く分からん。

 ただね、総集編とはいいつつ、いきなりの新規カットで連打連打連打でございました。「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」が「きっと何者にもなれるお前たちに告げる」になっていてわーお!!だし、っていうか上坂すみれペンギン可愛いな、おい。陽毬が倒れたシーンを外から兄弟が見ているんで、記憶の通りなら高倉兄弟はこの世から消えたはずなんで、その理の外にいるんでしょう。テレビ版のピングドラムをしまってある図書館でそれを見るっていうある種のメタでもあるし、続編でもあるっていうそういう感じ。

 あと極上に良かったのは音楽ですね。幾原監督は音響系もしっかり、というかうるさい方だったと記憶しているんですが、全体的に音響が極上だし、ノルニルがかかった瞬間の自分の中のあがりっぷりがエグかったです。大音量のやくしまるえつこ、ここまで破壊力あるのか。後編の結末は新規になるはず、と考えるとそこからの少年よ我に帰れが来たら、泣くかもしれない。

2.僕は君を愛してる

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WATCHA4.0点

Filmarks4.0点

 ピンドラがどうこうとか、そういう前提は前項で済ませたので、あっさりと感想を。

 まずはやはり音響と楽曲の良さですよね。何行か上に書いてある通りに少年よ我に帰れが来て泣いた(ただしワンコーラスだったから感動が引くのは早かったが)し、そこからの僕の存在証明もいいな、って思った。途中のトリプルHの楽曲も大体良かったし、ホント映画館で見るべき案件です、間違いなく。

 で、総集編ってことになっている中で、びっくりしたのが、ピングドラムってこんなに分かりやすい話でしたっけ?っていう驚き。正直言ってアニメ版の内容をどうしても完全に覚えていないっていうか、うろ覚えに近いっていう状態だったので、スポンジのように吸い込んでいったからかもしれません。なので、アニメ版と比較して編集でどうやったとかはちょっとわかんないですが、でも多分それだけじゃなくて、きっと私が年齢を重ねて「子どもブロイラー」のようなことの意味が分かるようになったからかもしれないし、後編の公開直前に事件があったことによって、宗教2世っていう部分のレンズがついちゃったこともあるかもしれません。あるいは、時代が変わってしまったのかも。

 で、じゃあ具体的にどう分かりやすかったか、って言ったらシンプルに「愛」の話で、やっぱり「決して何者にもなれないお前たちに告げる」が「きっと何者かになれるお前たちに告げる」に変わったように、「愛してる」の響きだけで強くなれる気がした、そういう話だよっていうパッケージングが出来ていたと思います。運命を乗り換えた高倉兄弟が、それでも陽毬ちゃんのお兄ちゃんとして中央孔分室で新キャラの上坂すみれに邪魔されたって何者かとしてやっていけるっていう愛の力。繋がりが希薄化している現在だからこそ、例え親が地獄だって、誰かが愛してくれればその人の為に生きることができるし、果実も罪も分け合っていける。逆に言えば、そういう人を作れるといいよね、っていう。そして多蕗さんたちみたいに間違えてもやり直せるよ、みたいな感じもある。

 一方で、そういう人を作れない子どもたちは、これから作れるかもしれないのに子どもブロイラーで透明にされてしまう。そういう問題提起というか、社会的な問題の方向に舵を切ることも出来た中でそっちは割と放っておいた感じかしら、ぐらいの受け取りです。見終わったばかりではこんな感じですかね。きっと次のアニならで、幾原邦彦っていう存在について話すことになるのでしょう。ウテナを見ていない私には、いい勉強のお時間です。