抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

ドイツ発の哲学的SF「アイム・ユア・マン-恋人はアンドロイド-」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は、アカデミー賞ドイツ代表にして国際長編部門のショートリストにも入っている作品。日本の「ドライブ・マイ・カー」の躍進が期待される中で、他国の代表にも目を向けていきましょう。

Ich bin dein Mensch

WATCHA3.5点

Filmarks3.6点

(以下ネタバレ有)

1.古典的な文脈を持つAI映画

 本作は、聞き取り調査の末に、自分の好みになるようにプログラミングされたAIとの3週間の実証実験を行う、っていう作品。何の説明もなく、そうやって集められた10組のカップルに同性のカップルがいたりするのも含めて現代的ではありますが、しかしどうでしょう、人間とAIとの境目を探求する物語、という点ではものすごく古典的。いわゆるコンピュータ的な存在ではなく、人間に近いアンドロイドのような存在が相手だとしても、「her/世界にひとつの彼女」そして大傑作「エクス・マキナ」、そして勿論昨年ベスト「アイの歌声を聴かせて」なんかがレファレンスできるような、ある意味超テンプレではあります。っていうか、実証実験ということになれば、ほぼ「エクス・マキナ」ですもんね。

 そこを現代で鑑賞に耐えうるようにできているのが、視点と設定。まず視点としては、あんまりこういう雑な語り方をするのは嫌ですが、女性主人公であること。いや、分かってますよ、「ターミネーター2」でも何でも、女性主人公SFはあるだろ!っていうのは分かった上で、いわゆる恋愛関係になるAIものとしては、女性主人公視点っていうのは確かに今までに見た記憶がないし、彼女視点になることで、過去に苦い経験があって恋愛する気の無い女性が完璧な男性(スパダリですな)に出会って、でもそれは道ならぬ恋…みたいな、典型的なラブコメの文脈とも融合させられる。

 そこにもういっこ重要なのが、ほぼ現代描写であること。劇中で登場する近未来的なガジェットは殆ど無く、トムとアルマが出会う時のホログラムぐらいで、アンドロイドそれ自体以外には、すっごい大きな嘘をついていない。それによって、SF感が殆ど感じられない、しかし確かに彼はその言動をしている、という不思議な時間を過ごすことが出来ていたと感じます。

2.徹底したAIと人間の比較表現の美しさ

 とにかく本作で徹底されているように感じるのは、人間とAIの比較描写ですよね。

 そもそも論で、現代を舞台にしている中で、アルマの仕事は考古学者であり、近未来設定である人型AIと対比できる構造になっている。彼女の研究対象はかつての詩と隠喩。それはコンテクストを要求するものだから、機械的に文章を読み取るAIとは異なる(はずだとアルマは思っている)

 そこから例えば、ある朝アルマが太陽に手をかざせば、皮膚が光を透過して赤くなるアレが描写されて、そりゃ勿論人型の時点でそういう皮膚移植とかしてるんだろうけど、確かにそれは人間性を感じさせる。人間性と言えば、アルマのプロジェクトが露と消えた晩に投げかけた言葉「それは利己的な涙だ」、に象徴される。社会全体の集合知というマクロな立場と、個人にとってのキャリアやコストを考えたミクロな立場。AIが依るべきは前者で、いや、人間も本当は前者なのだが、後者のことで泣いてしまう。絶えずSFで描かれてきたことではあるが、人間は不合理の塊なのだ。そういう意味では、なんていうんだろ、全部正しいはずのスーパーダーリンの存在が、しかし、正論による暴力マシーンに見えてしまう。ちょっとそこに現代的な皮肉も感じる。そういえばそういう愚かさを示しているシーンとして、父親の家への強盗、なんてイベントもあった。頭のいい強盗は、価値がないことを知っているからこんな家狙わない。強盗という行為の愚かさとも重なっている。

 そう、その父親の描写がまーた機械との対比としてフレッシュだった。機械に認知症はない。あるのは故障であって、アルマにプログラムの不適切さを指摘されたカウンセラーアンドロイドも、コミュニケーション領域を再構築してまたやってきた。でも、父親はもう再構築は出来ない。時間の不可逆性だ。そうそう、認知症の表現で両手にタバコを持っちゃう、っていうのもフレッシュでした。なるほど、そういう風にボケていることを表せるのか!

 最終的には、トドメとして営み、というものが出てくる。下ネタギャグとして、それが理想の性器か?なんてツッコミもあったが、アルマには流産の過去があった。将来的には可能なのかもしれないけど、しかしそういう縦の歴史、という文脈はどこか差異があるように思える。

3.とても文系なSFに

 とまあ徹底して、機械知性と人間の対比を描写させながら、確実にトムに惹かれていくアルマの恋路が描かれるわけだが、そこに通底するのは、凄く哲学的で文系な問いかけだ。いわゆるソフトなSFとでもいうのだろうか。がちがちに理系、っていう感じがしない。トムがAIであることを示す問いかけで想像しうる最も悲しいことは?と問われて「一人で死ぬこと」と答えるトム。本来は交わらないとアルマが思っていた、詩的な隠喩の世界に、既に冒頭からトムは足を踏み入れているといえる、凄くいいセリフだ。結局、人間と機械知性が恋愛することはありえるのか?最終的には、幸福とは何なのか?ということを深く考えさせる。

 みたいなことを考えていると、最後に登場してくるのが司法制度専門家のおっさん。62歳だが、若く見える女性アンドロイドと大変幸せそうに過ごして、それを嬉しそうに語っている。うーん、こういう時にアルマのように、あるいは私のように深く考えたりせず、シンプルにこれを受容できる方が幸せなのかもしれない。みたいなことまで考えちゃう。シンプルに男ってバカね、でもいいのかもしれないですけど。