抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

ヨンダーは理想の家庭を永遠に提供します「ビバリウム」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回はハウジングスリラーという斬新なジャンル。3月もっとも見たい映画だった『ビバリウム』の感想です!

Vivarium: Das Haus Ihrer (Alp)Traeume

WATCHA4.0点

Filmarks3.8点

(以下ネタバレ有)

 

1.すぐわかる!あ、ヤバい

 この映画、端的に言えば「ヤバい」という雰囲気を作るのが非常にうまい映画。ファーストカットは雛鳥(おそらく郭公)が巣から雛や卵を落とすところ。この映画は「托卵」の話ですよ!と宣言。

 そのうえで、教師のジェマと園芸士のトムの2人が新居を探すためにフラッと入った不動産屋。そこで待ってたマーティンがもう傍目でヤバい。青のカラコン入れてんのかな、目が大きくて、それでいて全く無感情、でも機械っぽさはない、人間なのに不気味の谷、みたいなジョナサン・アリスの怪演。たまらん。

 そんな彼に連れていかれる新興住宅地、ヨンダーはミントグリーンの家々が並ぶミニチュア模型で作ったのかい、という街並み。もう気持ち悪いことこの上ない。アリ・アスター監督の『ヘレディタリー』っぽさを感じます。あと、祖父が終の住処に選んだのも佐賀の新興住宅地で完全に景観が似てる。多摩ニュータウンとかの東京都市開発史としても、個人としても心当たりのある話ではある。

 ちなみに、監督の短編『FOXES』も似たような新興住宅地が舞台で、狐に魅入られてしまう妻のお話。

FOXES - short film - YouTube

 また、劇中で指摘されるように、雲も雲の形、としか言いようがないんですよね。地面を掘ってもなんか変な土だし、もうだめ。どんなに逃げてもNo.9の家から逃げられない。燃やしても復活する。9っていうのは縁起の悪い数字のはずですが、個人的にはベートーヴェンの第九を想像しました。年末の風物詩じゃないですか、第九って。それが終わらないんですよ。逃げても逃げても第九。大晦日が終わらないっていうか、1年が終わらない。本来終わるはずのものが終わらない、っていうタイプの恐怖ですね。

 ほんでですよ、続けてヤバいのがまあ2人の下にやってくる子どもですよね。ジェマとトムのいやーなところを真似してきたり、超絶不快な金切り声あげたり、喉が…ってなったり。まあ托卵っていうモチーフ、非人間的な人間って感じで、マーティン(及びそれに類する何か)を育てているんだろうな、というのは想像できますけど、それにしたってそりゃコイツ相手にしてたら人間壊れるわ、という感じ。ジェシー・アイゼンバーグの相変わらずの早口が、今回は逆にイライラしながら壊れていく感じにぴったりでございました。

2.批判してくる不条理

 この映画においては、まあ色んなものを批判というか、示唆しておりますね。単純に居並ぶ同じ家屋、多様性を認めるとかいいつつ押し付けられる均質な暮らしはマクドナルド化する世界への批判でもありますし、いざとなると穴を掘る=仕事に打ち込み、夫婦の関係や(望まないとはいえ)育児を妻に丸投げしてしまう男女の関係即ちhouseを買ってもHomeは買えない、amazonのように届く生活物資に子ども、仕事が自分の墓を掘ることだったという皮肉、挙げればまあいっぱいありますね。

 ただ、この作品がズルいのはそうした批判で終わってるじゃないか、とか、そういうたぐいの批評は少し的外れにすら感じてしまうところ。まあ言ってしまえば「不条理SF」な訳ですよ。最初っから叶うはずのない何かが相手だった、そもそも仕組みを考えるのが無駄だった、みたいなタイプの作品なので、そこから読み取るのは個々人の自由。不条理なものに不条理だろ!とか、解決してない!っていうのは負け惜しみですからね。そういう意味でズルいな、なんて思います。

 あと、この映画で思い出すのは安部公房砂の女』。日本を代表する不条理文学ですけど、果たしてアイルランドの方である監督はご存じなのでしょうか…?と思ったら、公式HPの解説ページに勅使河原宏監督の映画版『砂の女』が挙がっていました。やっぱりか…