抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

窮屈な青春の抵抗「はちどり」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は話題沸騰、満席必至!韓国映画「はちどり」になります。先月「悪の偶像」「暗数殺人」「悪人伝」と韓国映画は3本見たし、と放っておいたんですが、あまりにも評判がいいのでね。個人的には、「終わった!いい映画だった!」と思ったところから、エピソードが3つ4つまだあって全然終わらなかったので長い!とは思ってしまいましたが、勿論良い作品だったと思いました。

【映画パンフレット】はちどり 監督 キム・ボラ キャスト パク・ジフ、キム・セビョク、イ・スンヨン

WATCHA3.5点

Filmarks3.7点

(以下ネタバレ有り)

 

1.韓国社会の中でのもがき=ホバリング

 本作は淡々と大きなイベントが起こることなく(本当は起こりますが)進んでいく、いわば日常系のような作品。その中でも主人公のウニがちょっとだけ、でも確実に成長というか、抵抗を見せているのが印象的でした。

 舞台となる1994年の韓国は、民主化3部作と言われる「タクシー運転手」とかのちょっと後。民主政権が誕生し、社会の変革と発展への希望が大いにある時期。そして勿論ですが、儒教的な家父長制が根強く存続している状態です。

 そのため、ウニの家でも父が非常に偉そうに振る舞い、母は黙って従うのみ。兄もまた、ウニに暴力を働く一方で、父からは2年連続の生徒会長とソウル大への進学を期待される、ある種制度の被害者的な側面もあるような状態。ソウル大といえば、初めの方で学校の先生がソウル大にいくぞー!みたいな掛け声かけてましたね。韓国と言えば大学受験の苛烈さ、という印象もありますが早稲田アカデミーかよ、日能研かよ、とあきれました。ああいう精神論で受験に立ち向かわせるのは大嫌いです。もっと言えば、2人名前を書いて不良を炙り出そうという考えも大嫌いです。何あのチア部とかテニス部が選ばれないシステム。

 話が逸れましたが、まあ何が言いたいかというと、勉強して、いい大学に入って、みたいな規定された未来を歩むことだけが望まれ、とにかく一直線に上に上ることだけを要求される社会であり、それは当時の韓国自体も同じと言えると思います。そしてそのレートから自分の意思でなく外れた存在として母がおり、おそらくウニは母のようにはなりたくない、と父との間を見て思っていたでしょう。

 そして、もう一人、一直線のルートから外れた存在として登場するのがヨンジ先生。なんかみんな木村佳乃さんみたいだった、と言っていましたけど、私は澤穂希市川実日子中村勘三郎のミックスに見えました。ヨンジ先生は、この物語において望まれるソウル大の大学生ですが、休学を数年しているということで、ある種のドロップアウトをしている訳でレールからは外れている。けれども、ウニからは最もなりたい大人として見られ、だからこそ彼女はタバコを吸っていたのではないでしょうか。

 こういう人物たちの中で、ヨンジ先生との交流で果たして心まで分かる人間が何人いるのかと考え、親友ジスクと万引きして社会に反抗し、そして裏切られる。ボーイフレンドにも裏切られて、母も呼び掛けても答えてくれない。そうやって彼女は一直線にレールに乗っているだけで自立できていなかったところから巣立っていく。冒頭は鍵を開けてもらうのに、耳の下のしこりの手術後は自分で家の鍵を開けてドアを開きます。もう彼女は自分の未来を決定できるように成長しているのです。

 こうした様は、タイトルであるはちどりが重力に反してホバリングするように、あるいはそれまでトランポリンの上だけで跳ねていたのが、自宅の床を前後左右動きながら跳ねられる=上以外の移動方向を見つけているように、社会や風習に抵抗して、自分で自分の未来を掴もうとしているように感じました。

2.橋が落ちる意味と食事

 さて、正直この辺で映画終わっていいかな、なんて思ってこの先は長く感じたところではありますが、この後聖水大橋という橋が崩落します。なんか調べたら原因は手抜き工事で、再建後も手抜き工事が発覚しているらしく、どこの国にも姉歯一級建築士みたいな人はいるんですね、なんて思ったり(懐かしい)

 んで、じゃあ何でこの聖水大橋が落ちる事故を描く必要があったのか。これはひとえに、落ちる、という象徴が必要だったんだと思います。ヨンジ先生はこの事故で命を落とすことになりますが、それ以外にも上り調子だけ、上がるだけだと思っていても下に落ちることがある。あるいは、上に跳ね上がるにも、土台がしっかりしていなくては意味がない、なんてことも示唆しているでしょうか。

 そう考えると、途端に食事シーンの意味も見えてきました。この映画、食卓を囲むシーンが多いですが、まあ基本気まずいんですよね。無言か、父が喚き散らしているかで、「葛城事件」級でメシが美味そうじゃない。んで、男性陣に限らずウニもめちゃめちゃ咀嚼音、クチャクチャ言うんですよね。これって、基本的には悪人だったり、意地汚さを示す描写だと思いますが、本作においては違っていて、唐突な死があったり、死を予感させる病院の描写が挟まれるが故の、生の尊さを示すものだったのではないでしょうか。とにかく食事することが生きることであり、だからこの後すぐに亡くなる伯父さんは食事に手を付けないし、ラストではちゃんと食事を美味しいといっておかわりを要求している。橋と食事は生と死を対比させたうまい描写だったと思います。