抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

追う者と追われる者が交差して結ぶ虚像「悪の偶像」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
 今回は待ちに待った韓国映画「悪の偶像」の感想。来月の「悪人伝」と並び、パラサイトに負けない韓国映画と予想していましたが、果たして。f:id:tea_rwB:20200630132801j:image

WATCHA4.0点

Filmarks3.8点

(以下ネタバレあり)

1.とてつもないエネルギー。韓国ノワールの新星

 いやーこの作品、とてつもないエネルギーを感じる怪作でした。一言には断言できないというか、断罪できないというか。

 今回は自分の為にちゃんと筋を追って振り返ってみたい。鑑賞直後の執筆時でも困惑している。

 話はハン・ソッキュ演じる市議ミョンヒが飛行機を降りたところから。日本まで自費でエコノミーに搭乗して視察に行く熱心な議員のよう。そんな彼が帰国すると、息子が人を轢き殺し、その遺体を持って帰ってきている緊急事態。ここから、ミョンヒは非常に理知的というか、政治家として最もダメージの少ない、且つ父親としてあるべきだろう対処を踏んで息子を自首させる。だが、ここで既にミョンヒは事件現場に2日後に遺体を戻してから出頭させており、死体遺棄、更には自宅に連れ帰った際には死んでおらず殺人の疑いまであったものをただの事故で済まそうとしているのだ。

 一方、殺害された被害者の父、ソル・ギョング演じるジュンシクも連絡を受けて警察へ。身元確認を済ませるが、そもそも息子は結婚旅行中。一緒にいたはずの新妻リョナがいないのだ。彼女が事件を目撃していた可能性があり、且つ妊娠していたことから、両陣営がリョナを探す…。

 かつてないほどに、あらすじを書いてしまってまとめサイトみたいだが堪忍いただきたい。マジで1秒も見逃せないせいで整理しきれていないのだ。

 この先は穏当に、実は不法移民だったリョナの異父姉妹や、興信所などまあ互いに様々なルートを使ってリョナを発見、保護。この辺りでミョンヒは出頭させる前に車を処分していたり、死体のあった自分のガレージを大改装し始めていたりと隠ぺいに忙しくしていたことが分かってくる。

 この辺から話は大きくおかしくなってくる。本当は殺したのか?と詰められたミョンヒの息子は自殺を図り、ミョンヒの幻想の中でエクソシストばりに首が一回転するし、ジュンシクの訪ねたリョナの異父姉妹は首切り死体で見つかるし、その犯人が中国からリョナを殺しにきたと思ったら殺し返すし、ミョンヒの一家はリョナに襲われるし、ジュンシクは李舜臣銅像の頭部を爆破する。あ、間でミョンヒの知事選挙にジュンシクが支持する立場で参加する、なんてのもあった。なんか一気に血なまぐさくなって、ジャンル的にはサスペンスからサイコスリラーとかホラーに近い領域になっていく。

 うん、やっぱり書いていても分からないところが実に多い。

 こうしたあまりにも膨大なストーリーを本作はごり押しで切り抜ける。カットとカットの間に夥しい省略を用いるので、ちょっと油断するとこの人物は何故ここにいるのか、何故それを知っているのか、っていうかお前は誰なのか、となってしまう140分。残虐なシーンもその瞬間は映されず、結果がだけが味気なく死体と共にフレームに収まる。でも、そこには壮大な熱量と抜群の説得力がなぜかあるのだ。最初の交通事故の話とか、完全にどっか行ってるけどそんな些末なことなど良いのだ。

 説得力を大いに持たせているのがソル・ギョングハン・ソッキュの2大スターなのは異論がないだろう。正義感溢れる政治家に見えて、保身の為に自分の親でも利用し、自分で人も殺すミョンヒと、純朴な父親に見えてあるべき姿の息子を求めて抑圧しまくっていたジュンシク。画面を引っ張る2人のおじさんに目が釘付けだ。それどころか、意図的に2人を同化させている気配すらある。そんな2人のトーンに慣れ切った頃に登場するチョン・ウヒは、この映画に激辛のスパイスとしてやってくる。登場時が追われ、捕まるキャラクターだったのに、最終的には追い、捕えるキャラクターになる。何か一つでも傷ついたら、何十倍にも返す恐ろしい存在だ。女子トイレで口の悪いミョンヒの母に対するシーンは顔が見えないのに怖い、凄まじい場面と言える。

2.偶像に中身は無い

 本来不法移民で、存在の弱いリョナが一気に全員の脅威となる、ある種「パラサイト」的な読み取り方も出来る気がする本作だが、まあタイトルの「偶像」に注目して考えないわけにはいかない。なんせ英題もIDOLだ。

 ラストシーン、誰かの演説に対して民衆が大拍手をしているところで終わる。おそらくはミョンヒが知事選の演説か何かをしているのだが、字幕もつかず、同じような単語を繰り返しているだけで、まともに話せているようには聞こえない(ちゃんと意味あることを言ってたらスイマセン)。それでも拍手している聴衆。まさにミョンヒが、恐らくは家族を失ってなお立ち上がるヒーローとして偶像崇拝されていることを示唆しているのだろう。思えば、ミョンヒは他の政治家から、自費エコノミーでの日本通いだってイメージづくりと揶揄されていた。

 ジョンシクの偶像性はもっと強固で、恐怖的ですらある。ド頭の台詞であり、ミョンヒを支持するスピーチで放つ言葉が、「私が息子の射精を初めて手伝ったのは」である。それ誇ることかい、と。わりとすっと流されてしまったが、父子で買春の前科が何度もあるようだし、それはジョンシクが息子の為と思ってやった行為なんだろう。ジョンシクはとてもあるべき父親、あるべき息子像を重視していたのではないだろうか?そして、息子の性欲になのか、それを自分が処理していることになのかは分からないが、ついにパイプカットまでさせている。その上で、風俗店からリョナを身請けし結婚させ、妊娠させている。え、誰の?ジョンシクはリョナのお腹の中にいる子が自分の孫ではないと知っていて探していたことになる。まさか…ね。まあ偏見丸出しで言えば、親子揃って金髪の時点でヤバいやつだと思ってました、ハイ。まあそんなジョンシクが抗日の象徴といえる李舜臣銅像=偶像の具体化を爆破するんですから、さもありなん、というか。

 「悪い病気にかかった」、ミョンヒはそう独白しています。何かの偶像を追い求めた結果、気づかないうちに病魔は進行していたのです。それでも大衆はミョンヒを偶像として支援する。信仰対象の偶像となってしまった彼は、もうこっち側には戻ってこれないんだと思います。それはこの映画のグロ描写がことごとく終わってしまった後を映すのと同じように…。