抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

館に富豪に遺言に…好きなものしかない「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 スター・ウォーズEP8で世界中から犯罪人かのように糾弾されていたライアン・ジョンソン監督の最新作は館ミステリ。館で富豪が死んで、一族勢ぞろいってもうそれキライな訳ないですよね。飛びつくに決まっています。ましてスター・ウォーズを見ていない私には彼の評判なんか関係ないですからね。分かっていても疑似餌に食いつく魚の気分。だが釣られてなお後悔はない。

Knives Out (Original Motion Picture Soundtrack)

WATCHA5.0点

Filmarks4.9点

(以下ネタバレあり)

 1. 確かな本格。ミステリ映画としてほぼ満点

 まずは何においても面白かった。それを第1に訴えたいわけですが、そう思える理由をしっかり考えてみます。

 ミステリを映像化することの困難さは「屍人荘の殺人」の記事にて書き連ねました。2時間真っ暗の中で集中力を維持させるには、ミステリはどうしても不向き。あくまでミステリは時間が止まっているからですね。事件が発生してから、その謎を解く。その為に調べたり証拠を観客に提示しなくてはなりません。これでは話がちっとも動かないので、クローズドサークルにして襲われる緊張感を持たせたり、サスペンスを混ぜてドキドキさせたり、恋愛が混ざってきたりする訳です。

tea-rwb.hatenablog.com

 日本において、こういった課題を克服しようとして用いられているのは堤幸彦的手法、とでもいうんでしょうか、とにかく間をコミカルにしていく手法でした。

 「TRICK」「ATARU」「SPEC」(無論「ケイゾク」も)、この辺がその系譜でしょう。あるいは、三谷幸喜は「古畑任三郎」において「刑事コロンボ」を踏襲し倒叙を用いました。「相棒」は割とストレートですが、映画の時はどうしているのかはすいません、見ていないです。「西部警察」「アブない刑事」「Gメン」「太陽に吠えろ」あたりも履修していないのでその辺もお許しを…。

 閑話休題。今回の作品でライアン・ジョンソン監督はまず人物紹介を簡略化する為に話を事件の1週間後から開始させました。これに伴って、検証時の映像上の2度手間と鑑識等の介入を完全に排除。スピーディに進めました。更に、メインの語り部、と言えるでしょうアナ・デ・アルマスの演じるウルグアイ系看護師マルタの事情聴取時の回想で彼女の目から見た真実を早々に提示。倒叙のちょっとした変形を見せることで、マルタがどうやって隠すのか(=そしてそれはどうやって故人の遺志に添うのか、でもある)、という視点に移行します。

 そして探偵役。ダニエル・クレイグ演じる探偵ブランは完全にエルキュール・ポワロリスペクト。「灰色の脳細胞」に近いニュアンスのことを言っていたし、分かるまでは曖昧なことしか言わない自信家。そんな彼が序盤からしっかり謎を提示してくれているのです。それは勿論、事実を知らないブランからするとフーダニット、そして誰が彼に依頼したのか。

 物語が進み、クリス・エヴァンス演じるクソボンボンことランサムが推進軸となり、誰がマルタを脅迫したのか、という謎も入ってきます。複雑化したようにも感じますが、物語上で提示されている謎は結局3つの誰だけ。ハウダニットは殆どを最初に見せ、ワイダニットはミステリの典型パターン富豪の死に伴うトラブルをたくさん匂わせておくことでこれも排除。さらにはマルタの嘘をつくと吐く、という設定で真贋判定もさせてしまう。考えるべき点が明確、だが単純ではないからこそ、物語への注目度が続くのでしょう。動機の面だけでなく、最後に集めて説明など、割と王道のお約束は外していないことも重要です。安心して見れる指針があるからこそ、観客は思索を同時並行できるのです。それがジャンル・ムービーの良さだと思います。

 でまあ、もういいでしょう。全ての元凶、すべてのフーダニットの答えはランサムだった訳ですが、そこに至る過程に一切の文句がない。動機、証言との食い違いも無く、マルタが一人合点している中で忘れられている第3の物音=犬の声や馬鹿にされている富豪ハーランの母の証言なんかをしっかり回収。私だってミステリを多分1000冊ぐらいは読んだ人間です。こういった矛盾も、回想に入る前の説明で大体わかっていた、その上でまあ怪しいな、と思っていたら案の定。っていうか、こっちは根性がひん曲がっているからマルタが嘔吐を完全にコントロールしていて家族に潜入した時から上手いことやっていた説を疑っていたので、彼女に申し訳なくなりましたね…

 ちなみに、今は法月綸太郎『ノックス・マシン』を読んでいるせいやもしれませんが、秘密の通路も1つだけ、語り部も結局犯人じゃないので、本作品はノックスの十戒的にもセーフのはずです。

2. ミステリだって鏡だ。

 この作品がミステリ的に良かった、ということは既に述べましたが、更に作品のメッセージとそれに伴う作品外への発信が見事に重なっている、という点も素晴らしい。

 結局のところ、嘘をつけない正直者で、自分の仕事を全うし、自分よりも他人を考えた結果大金が転がり込むマルタと、冒頭の事情聴取から嘘をつき続け、マルタを見下す(ブラジル、エクアドル、アルゼンチン…彼女の国籍を把握している人間などいなかった)スロンビー家の人々。結局人間正直に生きることが大事だ、という何よりの素晴らしい発信です。

 一方で、ダイレクトにこの作品はアメリカを映す鏡になっています。ミステリにおいては動機やトリックは社会情勢やテクノロジーの進歩を示すものたりえますが、そこ以外の部分でこれだけ現在の社会を痛切に批判するのは凄いことでは。スロンビー家の面々は、思想上いろいろ違うことをいったりしている。口々にマルタを世話してやった、家族同然に扱って上げた、とはいいますが彼女が遺産相続者だと分かった途端に泥棒扱い。やっていることは、まさに現在の排除の原理そのまま。

 そして最後、ランサムが先祖代々の土地を守る!と叫ぶとブランは言います。ここは80年代に富豪が購入した土地ですよ、と。いつの間にか勝手に「アメリカ人」なるものを作り上げて特権化しようとしているアメリカに対する完全な皮肉です。しかもこれをイギリス人俳優にしてイギリスの象徴007を演じるダニエル・クレイグが、アメリカの象徴として最高のキャップだったクリス・エヴァンスに対して言う訳です。キャスティングの大勝利ですよ。色んな嘘やフェイクを駆使し、本質が見えていない、そんなことが象徴されるナイフ使い。全部見抜いていたクリストファー・プラマー演じる富豪は同じ富豪でも「ゲティ家の身代金」とは180度違うキャラでした。

 おそらくマルタは学費を心配したメグを含めて彼らの面倒を見るのでしょう。でも、ラストカットで明確に上下関係が生まれていました。彼女のようなリーダーをライアン・ジョンソンは望んでいるのかもしれません。