どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。
何も言いません。「アベンジャーズ/エンドゲーム」の感想です。見てねぇ奴はとっとと劇場に行ってください。さあ早く!!
なお、緊張のあまりノートPCを自宅に置いてきた為、スマホで書いてます。このあと「名探偵ピカチュウ」の試写会があるのでそれまでに心を落ち着けるために仕方ないんです。帰宅後もうちょっと体裁含め、修正します。スマホのはてなアプリで書いたこと無いからわかんないですよ、いろいろ。
なんとなく修正はしました。まあでも見た直後の想いをうだうだ言ってるのを尊重したいと思います。
ガチ全滅。
WATCHA5.0点
Filmarks4.8点
1.これは喪失と向き合う葬式映画だ
この映画に対しては「ありがとう」以外の言葉はいらない。そう思います。そう思いますが、ブログやってるのに言語化できないのは勿体ない。そこでちゃんと噛み締めて処理していきましょう。
アバンタイトルはホークアイの家庭から。指パッチンの瞬間の様子が唯一分かっていないヒーローでしたもんね。そこで彼を残して家族全員消滅。IWでの喪失感を再確認します。んで宇宙に残ったネビュラと社長。予告編でも流れてた遺言録音シーンで後光が!まあ予想したましたが、キャロル・ダンヴァース(キャプテン・マーベル表記にするとキャップと揺れそうだからキャロル表記にします)のお迎えでした。そっから地上に着いてキャップと口論になる社長。喪失を受け入れてない訳ですね。ちなみに着陸の際にネビュラ以外のGotGメンバーを見つけられなかったロケットのしょぼんとした感じでもう一発泣きました。
そっからまさかの農園サノスを即時発見、瞬殺。しかし既に石を破壊したサノスに戦闘意欲もなく、喪失が確定した瞬間でもありました。
そこからなんと一気に5年の月日が過ぎ、キャップはセラピーで前を向こうとし、ハルクは自分を責めてゆるキャラ化、ソーはアズガルド難民と地球に居を構え酒浸りのビール腹。社長は喪失が弱いどころか子どもを授かり過去より今、のスタンスに。そしてホークアイはローニンとなり自分の家族が消えたのにアウトローどもが生き残っている現状を肯定できず殺しまくり。この過程でみんな過去作での衣装や髪型に近づいてる訳でした。
そこで喪失からの復活の光を見せるのがアントマンこと、スコットの帰還。量子世界を通したタイムトラベルによる消滅の取り消しを目指す戦いの始まりです。
ここでこれまでのMCUでインフィニティ・ストーンの登場した各作品に潜り込んでストーン奪還作戦を敢行。ソーは母と、社長はパパスタークと、キャップはペギーと再会。ここも泣きました。この先の未来を知ってるからこそ泣ける再会や、ピンチの切り抜け方があって完全にファンは涙腺を準備される訳です。
ナターシャとホークアイはソウルストーンを取りに行きます。方法は観客はご存知、命をいただきます。どっちが死ぬか。贖罪もこめてホークアイが死ぬとばっかり思ったらバトった末に落ちたのはナターシャ。びっくりしました。
かくしてストーンを集めきったのちに、再びの指パッチン。めでたく世界の半分を取り戻したものの、ネビュラが入れ替わっており今回のヴィランとしてのサノスが登場。ソー、キャップ、社長が戦うもやはり各個撃破。そこでキャップの耳に届くのはIWで消滅したはずのファルコンの声。そしてここから怒涛のように押し寄せるこれまでにMCUに登場したヒーローたち。そしてキャップの「アベンジャーズ、アッセンブル!」で開戦。そりゃ号泣ですよ。
その後なんやかんやでガントレットを巡った奪い合い。過去戻りの際には持ってきたムジョルニアをキャップが使い始めるシーンは劇場でも嘆息が漏れるナイスシーンに。最終的にトニーが命と引き替えに指パッチン。サノスたちを消滅させまたも号泣。
その後の各ヒーローが描かれておしまい、です。
これってまさしくMCUの葬式映画だったと思うんですよ。喪失を味わったヒーローたちの状態を病床のようにとらえ、故人の生前のベストショットのように過去作に潜り込む。
普通じゃメッセージ性の強くなる女性チームだけでの集合絵だって、弔辞の番だったと思うの全然違和感がない。
そして社長は戦闘に怯えてスーツを作り続ける日々から解放されてI am IRONMANの一言で死んでいく。キャップは果たせなかったペギーとのダンスの約束を果たし、盾をファルコンに託す。ソーはアズガルド王をヴァルキリーに継がせ、ガーディアンズの船に乗る。ファーストアベンジャーズたちの最後の勇姿にして、ヒーローであることから解放された姿がそこにはある。まさしく彼らの、そしてこれまでのMCUの作り手たちの、そして勿論スタン・リーの葬式です。すっごくritualというか。最後のマーベルロゴのシーンだって、何か金属を打ってる音に聞こえましたけど、僕には出棺の鐘の音に聞こえたり。
そこまでの様子を我々は3時間、いや10年間かけて参列して見続けてる訳です。これまでのMCUで出なくなった人、死んだ人も総出演。だからこそ、私は見終わったあとこう思いました。
ネタバレならない範囲で結騎さんのブログのキーワードを自分が言語化するなら、オレこの映画1回しか見ない方がいいかもしれない、と最後に思った、という感じ
— 抹茶マラカス (@tea_rwB) 2019年4月26日
葬式は1回しかないように、この映画には一回性が極めて強く、これ以上鑑賞しても最初以上にエモーショナルになることはあるんだろうか。そう思ってしまいます。
葬式映画の話になってしまいましたが、この映画は喪失を無かったことにしませんでした。ストーンの為に死んだナターシャ、IWで瞬殺されたロキやヴィジョン、これまでの記憶を持ったガモーラ、みんな居ません。喪失を前に、ヒーローも我々と同じようにひきずるし、それでも前を向いて生きていかないといけない。そうも感じます。あれ、次のガーディアンズどうすんだろ。
2.事前に求めてたこと
今回、この映画に対して求めていたのはサノスに対して力が強いから勝つ、ではないロジックで勝つことでした。その点で不満が残ったのは事実です。サノスは途中から全生命体を半減させるのではなく、ゼロにしてある程度まで再生させることで恨みを持つ者がいない世界を作る考えに切り替えました。これによって、それなりの正義を持つIWの主人公サノスから断罪されるべき悪に堕ちちゃって、そこは残念というか。
後は明らかにキャロルとストレンジの使い方を持て余してたこと。キャロルは社長のお迎えしか仕事用意してなかったようにしか見えない。折角社長とキャップの口喧嘩を目撃させたんだから、これがチーム?とか軽口叩いて単騎突撃して失敗、チームワークを知る、あるいはアベンジャーズに加入する、みたいなのが欲しかった。ストレンジは出入り口の役目以外は水が来ないようにする下支え。魔法周りは復讐に燃えるワンダに全部持ってかれてましたね。
後は強さのインフレですよね。アベンジャーズ第1弾であれだけ苦戦したチタウリちっくなアレがキャロルはともかく、ジャイアントマンがワンパンKOできるってのはねぇ。
まあ映画として不恰好なところはあっても全てを覆い隠すほどのファンサービスとありがとうで埋め尽くされた映画でした。最高でした。ストレンジから見始めたマーベル転入生の私でこれだけ感動するんだから第1作目のアイアンマンから追ってた人、下手したら死んでるんじゃないかなぁ。