抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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父を訪ねて30天文単位「アド・アストラ」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 遂に廃止前最後のTOHOシネマズ1か月フリーパスをゲットしてきましたよ。こっからは見る予定になかったのも含めてガンガン見ていきたい、と。そのような所存。

 という訳で世間中が「ジョーカー」見ているのを知っていながらも、金曜に新作出ると公開館数や時間帯の問題が出てきそうなSFを二本立て。評判の良かったブラピ主演の宇宙モノ「アド・アストラ」をまずは見てきました。

 元々見る気がなかったので、宇宙を舞台に親子の話?ガーディアンズかな?あ、スターウォーズかな?と思ってました(スターウォーズを見たことがない人の文章)

トゥ・ザ・スターズ (『アド・アストラ』オリジナル・サウンドトラックより)

WATCHA3.0点

Filmarks3.2点

(以下ネタバレあり)

 1.広大な宇宙での小さなロードムービー

 今回の「アド・アストラ」。タイトル的には「星の彼方へ」みたいな意味らしいんで特に意味もないんですけど、ほんとにその通りの話で地球外生命体の存在を確かめに海王星に行った父が実は生きているので会いに行く、というそれだけの話。構造上は地球から海王星に行って、帰るだけなのでロードームービーとほぼ変わらないんですよね。

 なので、「インターステラー」とか「ゼロ・グラビティ」的な宇宙で何かをする話を期待していくと大きな肩透かしを食らいますし、父が生きているのは宇宙軍の隠していた最高機密で権謀術数うずまく…みたいな政治サスペンスもなく。

 まず月に行くんだけど、ここは割と旅客機感覚で。そこから月の裏の基地に向かう途中でちょっとしたカーチェイス。さらに火星に向かい、途中で遭難信号を救助しようとしたら暴走実験動物と対決。火星で任務から外されるもロケットに侵入、無事に乗務員全員倒して孤独に海王星へ、という流れの中で家族を捨て、知的生命体を探すことに人生を投じた父の不在の大きさを実感していく、ただそれだけ。それで父と再会して、父は探索を、子は帰還を選び…みたいな終わりな訳です。

 今回の宇宙旅行はワープとか使ってないので往復で半年以上はかかっているはず。その殆どを孤独に過ごすし、まあ暗いし、地味。これだけ大きな旅程のロードムービーなのに道すがらを彩るノリのいい音楽もなければ、エモーショナルな出来事もなく。得られるのは、本人にとっては非常に大きいものだったかもしれないが、見ているコッチには、え?家族を捨てる覚悟が無かったことを確認しに行っただけ??となってしまう終わりには、なんていうんでしょうか。2時間一緒に旅した私たちは??という気分にされてしまいました。

 公開当初の感想で「2001年宇宙の旅」「地獄の黙示録」との比較がよくされていたんですが、これまた見事に名作なのに未見。やっぱ、宇宙モノ見るのに2001年見てないのはダメっすかね…。

2.脱色された感情

 この作品がどうしようもなく地味なのはもう一つ、徹底的に感情と共感が排除されているからでしょう。

 特に冒頭、サージ(結局なんだったんだよ)のせいで宇宙アンテナから転落し、あわや死にかけるブラピですが、トラとシカを見間違えたミスターの何百倍も沈着冷静(どうでしょう祭の動画視聴すら有料になってHTBを恨む関東民)。この時点で、彼の感情における「恐怖」の部分は除去されていることがわかり、この後も脈拍を維持していないと任務を続けられない設定が分かり、彼に感情の昂ぶりがないことが伝わります。

 だから、月での予想外のチェイス&戦闘や救難信号を受けての救出、そして乗り込んだ海王星行きロケットでの死体や殺人にも驚かない。彼が驚かないので音楽もそっちに準じており、観客も驚かない。彼の心が動かないとこっちも動けない!でもカメラは「ファースト・マン」みたいに宇宙服のブラピに密着!さあ困ってしまいました。

 結局感情の発露とも取れるシーンは個人的には、父親との再会でも無く、火星で独自の思いを吐露したところだけ。父親に会いに行って、彼が何をしていたか、が一番大事そうなのにそこはどうでもいいんですよね、極論。 

 とまあ、このように「虐殺器官」のクラヴィス・シェパードたちの痛覚マスキングのように感情線に蓋をされたまま進むとうーん、個人的にはどうしても退屈。「ファースト・マン」もそうだったんですけど、リアルよりに宇宙旅行を描くと静かで、内省的になっていく。孤独だから恐怖や感情の揺れが比較対象もいない。乗組員がいたりしてくれるか、独りぼっちでも火星でジャガイモ植えてくれれば大好きなんですけどねぇ。

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