抹茶飲んでからマラカス鳴らす

FC東京サポで鷹党のどうでしょう藩士による映画・アニメを中心とした感想ブログ

イギリスの片隅に。絵本が動き出す「エセルとアーネスト ふたりの物語」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回の感想は海外アニメーション。「スノーマン」「風が吹くとき」などの絵本が既にアニメーション映画化されているイギリスを代表する作家、レイモンド・ブリッグスが両親の一生を自伝的に描いた作品です。「この世界の片隅に」が好きな方には絶対にオススメです。

 TBSラジオ「アフター6ジャンクション」では「ロング・ウェイ・ノース」が大絶賛され、「ディリリとパリの時間旅行」「アヴリルと奇妙な世界」「幸福路のチー」と海外アニメが大豊作な2019年下半期に、忘れられない傑作が埋もれないことを願います。

なお、ここ数日の体調不良は耳鼻咽喉科に行ったら気温差が大きいと起きる体質です、と断言されたのでもう諦めます。

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WATCHA4.5点

Filmarks4.5点

(以下ネタバレあり)

 1.まるで絵本のまま動き出す。日本にないアニメーション。 

エセルとアーネスト

エセルとアーネスト

 

  予告編とか、こちらの単行本とか、レイモンド・ブリッグスさんの作品を見ていただければわかるんですが、彼の絵本・グラフィックノベルは日本のそれとは全く違った温かみと荒さの残る独特のタッチで描かれています。

 この映画ではこうした図柄がそのままに動き出します。ただ、そうすると今の日本のアニメを見慣れている方からすると少しつまらなく感じるかもしれませんが、そんなご心配はご無用。キャラデザと作画は無関係でしょう?不自然にならない範囲で最新の技術でヌルヌルグイグイ動きます。ちゃんと2019年公開として遜色のない出来になっている作品です。 

スノーマン

スノーマン

 

2.イギリスの片隅に。普通を生きる。

 冒頭にも記したように、本作で思い出すのはまず間違いなく「この世界の片隅に」。「この世界の片隅に」は、これまで描かれなった戦争の中の普通の人々の暮らしに徹底的にスポットを当ててすずさんを描きました。

 この映画では、レイモンド・ブリッグスさんの両親、エセルとアーネストが出会い、結婚し、レイモンドさんが生まれ、成長し、そしてお二人が亡くなるまでを描き切る。彼らの死は1971年。当然ヒトラー政権との直接対決が迫るような状況も訪れます。畑にいたら空襲が来て、アーネストがレイモンドを庇うシーンなんて、まんま「この世界の片隅に」のシーンを想起します。

 だから、映画において大きな山場なんて訪れません。出会い、デート、結婚、引っ越しと模様替え、出産、疎開防空壕終戦、進学、子の結婚、退職、死去。どんな人にもある程度訪れる可能性の高い、いわゆる普通の人々にしっかりスポットが当たった作品です。イギリスで第二次世界大戦を描いた映画は近年だけでも「ウィストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」「ダンケルク」「フューリー」などが挙げられます。でもこれらは戦争を遂行する視点。あくまで戦争に巻き込まれるのは市井の人々だということは、「この世界の片隅に」や「ライフ・イズ・ビューティフル」なんかで痛いほどわかっているはず。と同時にちゃんとその生活には笑いがある。でも、だからこそこの物語が普遍性を持って暖かく描かれているのです。

tea-rwb.hatenablog.com

 こうした市井の普通の人々の暮らしが、そのまま現代に繋がっていることを表すためにも、映画は現在のブリッグスさんが語るところから始まります。このアプローチはドラマ版の「この世界の片隅に」で見られたパターンですね。今回の場合は、直接の御両親の話を描く机に向かうとアニメーションが始まる演出なんかも非常に良かったと思います。

3.巧みな時代描写

 この映画は時間順列通りに基本的には進んでいきます。ところが、時間の経過を文字で表すことは殆どしません。

 アニメーションが始まるとアーネストが家から仕事の為に自転車で飛び出し、目の前には荷馬車の馬がした馬糞が。彼の仕事の牛乳配達も途中で電気自動車で配送を担当するようになり、そして息子レイモンドはスクーターに乗り、最終的にはアーネストは自動車を購入しています。こういう道具を使って時代を表すのが非常に巧みな作品で、他にも、エセルとアーネストの初デートでは映画館で映画を見るのですが、後にメディアはラジオ放送が始まり、電話が導入され、今の人はわかるのだろうか、ブラウン管のテレビの導入まで進みます。それから石炭を重視していた戦前、石炭レンジも破壊してガスレンジに代え、最後には電気も導入される。

 勿論、こうしたメディアが登場するのは世相の説明も兼ねており、チャーチルが首相になっただの、アトリーが選挙で勝っただの、そういったことでも説明がされており、イギリス史に詳しいとこの辺は更に理解が深まるでしょう。上映後のトークショーだと、彼らの家の様式などでも階級差や方言などの話がわかるようになっているようで、イギリス人が見たらなるほど納得の嵐らしいです。

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4.笑いと感動の絶えない暮らし

 「この世界の片隅に」はすずさんに感情移入して、彼女の奮闘を見守っている物語でもありましたが、今回はエセルとアーネストの2人に感情移入できます。この2人が素晴らしいのは、違っている価値観を衝突はさせない、それはそれ、これはこれで2人はちゃんと繋がっている。そこが素敵。先ほどの政治関係の話も、エセルは本当は労働者階級なのに、上流ぶって、保守党支持。一方のアーネストは、バリバリの労働党支持。でも互いに政権の皮肉を言ったりすることはあっても、喧嘩することなく助けあう。

 エセルなんてよく考えたらおかしいんですよ。レイモンドが幼いころは、彼の巻き髪をショートカットにされて「可愛かったのに」と泣きじゃくっていたのに、成長してレイモンドが出世コースを外れて美術家コースに進むと髪を切れ、レイモンドの奥さんジーンには髪を梳かせ、と真逆のことを言っている。でも、彼女のそういうパーソナリティがあるから、最後に認知症になりアーネストのことを認識できずに「あのお爺さんは誰だっけ?」という言葉が非常に悲しいのに、試写会の会場では笑いが起きる。まさに「この世界の片隅に」ですよ。ええ。

国文学者の林望先生のトークショー付き。イギリス人がこの作品を見たら分かるなるほど、を解説していただきました。

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 なんだか、「この世界の片隅に」の宣伝の方が多い気もしますが、そこは流石、配給さんしっかりと片渕須直監督からコメントもらってますし、「エセルとアーネスト」の感想を呟いたら片渕監督からいいねも頂きました。

 あとはこの作品、ポール・マッカートニーが映画の為の書下ろし曲を作って、それがエンドロールに流れる&その後に流れる曲はアマチュアミュージシャンだったポールの父の楽曲、ということなんでそっちに刺さる方もいるのではないでしょうか?