抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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2時間最高のコンサートをあなたに「蜜蜂と遠雷」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 先日のブログ記事では、体調が悪くなったので映画館通いはしばらく無理かも…なんて言いましたが、性懲りもなく試写会に行ってきました。映画を試写室で見れただけで大満足!!なんて。若干の閉所恐怖症か広場恐怖症的な症状もあったので不安でしたが、克服した、という気持ちでいいでしょう。

 試写会で拝見したのは恩田陸さん原作のベストセラー「蜜蜂と遠雷」です。原作は未読。監督・脚本・編集の石川慶さんと石黒プロデューサーのティーチイン付きでしたので、ちょこちょこその話も入ってます。いい映画でした!

春と修羅 Spring and Asura for piano 映画「蜜蜂と遠雷」より

WATCHA4.5点

Filmarks4.6点

(以下ネタバレ有り)

 1.天才と凡才。スポ根ではなくエリートもの

 今回の映画の中心人物となるのは、復活を期す天才少女栄伝亜夜、年齢制限ギリギリの挑戦者高島明石、アイドル的人気の貴公子マサル、謎の秘蔵っ子風間塵の4人が挑むピアノコンクールの話。500人程度の1次、24人での2次、そして6人の本選と、3幕構成になっています。

 よくよく考えてみれば、「のだめカンタービレ」を始めとして、ピアノ、ひいては音楽ものの映画って殆ど見ていない。最近見た「スクール・オブ・ロック」とかに至っては嫌いだったし。うん。で、そうなると比較対象が「響け!ユーフォニアム」とその劇場版になると思っていたんですが、がっつりスポ根部活作品のユーフォと違って、本作は恋愛頭脳戦しない天才たちの遥か彼方での戦いを描いた作品でした。連想したのはデミアン・チャゼル監督出世作「セッション」です。

 予告編でも松坂桃李さん演じる明石は「生活者の音楽」があるだろう、なんて言っていますがやはり彼は分けるなら努力の限界がある秀才。残りの3人は完全な天才であり、それを端的に見せる砂浜での足跡が楽譜になるクイズのシーンは非常に印象的でした。
 明石の目指した天才の届かない、生活者の音楽、という概念は塵や幼少期の亜夜が楽しんでいた生活音、それ自体が音楽だ、「世界が鳴っている」という概念に内包されているもので彼我の差を感じずにはいられません。

 メインのキャラが4人に絞られているとはいえ、統一した語りもない群像劇を取る本作。それぞれのキャラクターを説明してくれるのが第2幕で、それぞれに自由に演奏する時間であるカデンツァが与えられている。貴公子マサルは大胆な挑戦を行うも完璧を期す師匠に叱られ、秘蔵っ子の塵は音符を書かない楽譜で挑み、生活者の音楽を目指す明石は課題の「春と修羅」を妻子が発音したものを取り入れ、天才少女亜夜は白紙での即興でピアノに反射する姿には、挫折の原因でもあった死した母の姿が。

 音楽的なテクニカルタームを説明せずに使用してきても、こちらが推察できるレベルに抑えられており、全体的に説明台詞とかでどうにかするよりも、観客を信頼して音と絵で魅せるぞ!という気合がビンビンに入っていたと思います。

2.飽きない演奏シーン。これが音楽映画の快楽だ

 前述のとおり、今回の話においてピアノの技量はその辺のヤマハ音楽教室の先生のレベルはゆうに超えており、監督の言葉を借りればフィギュアスケートで4回転飛んでください、という注文を役者にするようなもの。

 書籍を映像化すれば演奏する様子が必要になり、当然のように、役者がちゃんと演奏しているシーンだけを繋いでは説得力に欠けます。ですが、腕だけのカットや観客席の反応だけでやり過ごすと、今度は4人の演奏が個性はあれどしつこく感じてしまう危険があります。

 しかし、この映画に限って言えばその心配は皆無といっていいでしょう。それぞれの演奏に当たっては、回り込みや上から下からと、あらゆるカメラワークをしっかり駆使して顔が映らないシーンでも飽きさせない工夫もしていますし、演者さんによっては5か月以上も練習を重ねて、ちゃんと弾けるところは演奏してCG等による合成は一切ないと。「グリーンブック」とはそこが違うぞ!なんておっしゃっていました。マハーシャラ・アリは演奏してなかったんだ、初めて知った←

 3幕目の本選になると、世界最高にして強烈なパーソナリティと威圧感を備える鹿賀丈史さんが指揮者として登場。オーケストラとの協奏曲になるので、また違った演出で見ることができます。

 群像劇とはいえ、主人公といっていい亜夜の演奏が2幕目と3幕目で全く違うことは、音楽音痴の私でもわかるぐらいすばらしいものでした。映像的にも、松岡さんの演技や3幕目だと映らない母親の姿、繰り返されたドロップアウトした時に重なる衣装など、乗り越えと覚醒を完璧に表現できていたと思います。

 また、そのきっかけとなる塵との連弾のシーンは、それはそれでまた楽しく幻想的な雰囲気に包まれた良い演奏シーンでした。

3.これはまさに2時間のコンサート

 監督の言葉で非常に印象的なのが、3幕構成をそれぞれ第1,2,3楽章と呼んでいて2時間のコンチェルンのつもりで作った、ということ。

 ラストのあまりに強烈な亜夜の演奏がクライマックスになるように計算されたプログラムでは、彼女が演奏後では初めて見せる笑みで幕を閉じ、アンコールが無く、余韻で順位発表がされるだけ。この物語に勝者がいるのではなく、この物語自体が勝者なんだ、という監督の思い、人間VS音楽、という言葉が思い出されます。

 当然、コンサートにはピアニスト以外も重要で、亜夜にかつての自分を重ねて煙草をふかす斉藤由貴さんや、明石に密着しているブルゾンちえみさん、時間の到来を告げ扉を開けてくれる平田満さん、そして何より怖いけど、演奏が上手くいくとこんなに心強い笑顔をくれるのか、という鹿賀丈史さん。ピアニスト4人に加えて、他の皆さん全員の素晴らしい演技がこの物語を支えたことは紛れもない事実です。

 私は原作を読んでいませんが、監督の言葉を借りれば原作の半分ぐらいしか要素を使えていないとのこと。その中で、実際に使われている曲を聴くのを止め、恩田陸さんの文章自体を音楽として捉えて再構成したと。これって、まさにピアニストの手法だと思うんです。「蜜蜂と遠雷」という題材を石川監督が解釈して表現すると今回の映画の形になる。人によってその奏で方は様々。是非私も原作を読んでみたいと思います。

 

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷