抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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崩壊する家族の地獄と一筋の光「ワイルドライフ」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回は試写会で拝見した映画「ワイルドライフ」の感想。地味ながら良い映画だったんですが、感想の言語化がこれまた難しい。そう考えると社会派的な作品ってメッセージ読み取って、自分の意見足せばいいだけだから感想書きやすいのかもしれません。

 巷では、スパイダーマンに「ゴールデンリバー」と2週で3本もジェイク・ギレンホールの映画が公開されるお祭り状態。私は今作でやっと顔覚えました。「複製された男」「ナイトクローラー」の2本見ただけじゃ変わりすぎで覚えられないもの。

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WATCHA4.0点

Filmarks3.9点

(以下ネタバレ有り)

 1.徹底したカメラワーク

 まず本作を語る上で欠かせないだろうことがカメラワーク。本作で監督初挑戦となるポール・ダノ監督による指示だとは思うんですが、ポール・ダノ自身の出演作も一個も見たことないので彼がどこからこれを学んだかはさっぱり分かりません。こういう映画史的な文脈はちゃんと詳しい人がしてくれると思います。

 んで本題。カメラがそんなに動かない。割と定点で若干長回し気味に撮っています。しかも誰かひとりに焦点を絞ったものが多い。序盤の家族での食事では、父ジェリー役ジェイク・ギレンホールの顔と息子ジョー役エド・オクセンボールドの顔が交互に流れますが、ジョーにカメラが向いているときにジェイクの手元の新聞などしか映らず本人は映っていない。あるいは、カメラが奥に向いているから手前の母ジャネットの首から上が映らなかったり。

 そうして誰かの顔にスポットがあたるショットが多い会話劇のため、キャラクターと対話させられているように特に序盤は感じます。そこで感情移入、ログインさせたらむこうの勝ち。そっから訪れる崩壊がどんどん自分事として捉えなくてはいけなくってしまうわけです。

2.崩壊する家族

 この映画は家族の崩壊を描いた映画ではあります。だから当然序盤は引っ越してきたばかりながらもすごく幸せな食卓に見えるんです。ところが、その後ジェリーが解雇される事由を話さない。観客はその前に客と賭けゴルフしたのが原因だと分かっているのにそれを家族に話さない。ジェイク・ギレンホールが演じるだけあって不穏さが際立ちます。ジェリーの失業を機に、それぞれ働き出すジョーとジャネット。そうこうしているうちに山火事の現場で働きに出ていってしまうジェリー。この辺の話し合いも事前にしていないのか、とすれ違いも顕著に。

 これきっかけで、今度はジャネットがどんどん落ちていき不倫に走ってしまうわけですが、ここで地獄なのはそこでじゃんじゃん母親の性的な面を見せられていくジョー。すっかり自分事になってるこっちからしても、自分の母親が父親とセックスレスだとか、父親に出会う前にしてたモテようとしたファッションだのの話なんか聞くもおぞましいし、挙句不倫相手との夕食会に連れていかれ、明らかに色目を使っているのを目撃し、チャチャチャを踊りだし、そして眼前でキスしだす。これ以上ない地獄ですよ、間違いないく。メンタルガンガンに削られます。母が不倫してるのか、家庭が崩壊しているのかを確認するために、ジョーは話しかけてくれる女の子からの放課後の誘いも断っちゃうし。

 そうこうするうちに、父が帰宅。ここにきて溝は決定的なものになるものの、この父がまた困り者。不倫していることについてジャネットから聞き出したはいいものの、その詳細はジョーに尋ねちゃう。自分の父が、母がどいつと不倫していてどこまでヤッたかなんて聞いてくる、って閻魔大王も遠慮するレベルの地獄でしょ。そのままぶち切れて不倫相手の家に火をつけに行くジェリー。この辺は「ナイトクローラー」で見せた狂気を感じました。

 こうした家族の崩壊する様子として鉄板ではありますが、今作も食卓の描写が非常に素晴らしかった。最初は家族円満全員で食卓を囲み、料理もある程度品数がありましたが、ジェリーが出ていくと2人の食卓は噛む音が聞こえるように。そしてジャネットの浮気が始まると、ついにジョーが自分でご飯を作るようになり、実に簡素な食卓。ジェリーの帰宅後、ジョーとジェリーが会話をするのはどこかの店で、既に自宅で食卓を囲むことが困難になっていることが分かります。こうした描写、確実にTBSラジオ「アフター6ジャンクション」金曜パートナーの山本アナウンサーにはハマると思います。(「冷たい熱帯魚」「葛城事件」「岬の兄妹」の食事シーンが大好き)

3.家族=地獄なのか

 「葛城事件」や「ジュリアン」などの作品を通して、家族というのは時に恐ろしい結びつきであり、一生消せない呪縛、抜け出すことの非常に困難な地獄であることが描かれていました。本作でも地獄のような崩壊をする一家ですが、では単純に家族=地獄かというとそこまで断言できないつくりになっています。

 試写会でいただいた非売品のプレス用資料にも監督の言葉が書かれているように、この物語は崩壊した家族、それでも生きていく希望を描こうとされています。それを象徴するのがラストシーン。ジョーがバイトしている写真館で別居を始めた一家が再び集い一枚の家族写真を撮ります。思い出されるのは写真館の店主の言葉。「人は善きことを記録するために写真を撮る。幸せな瞬間を。永遠に残そうと。」

 即ち、今回の家族の崩壊を通して両親それぞれの弱いところをまざまざと見せつけられ、夫婦は他人であり選んだ結果だが、親子はそうもいかない、というところまでを飲み込んでなお、家族でいることは幸せなことだ、と。ジョーはそう考えていることになります。

 ここまで親が大人としてダメだと、14歳でも成長して大人になってしまうのです。そこでこの映画がすっかり自分事になっている観客は改めて自分の家族に関する考え方を問い直さざるを得ないのだと思います。