抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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叫べ、17歳。「フリクリ オルタナ」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 予告通り、かつてOVAでカルト的人気を誇った「フリクリ」の続編から。

 注:筆者のOVAフリクリ鑑賞はここ1年ほどのことであり、フリクリに対して強い思い入れ、明確な理解があるわけではないことを先んじて明言しておきます。

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WATCHA3.5点

Filmarks3.6点

(以下ネタバレあり)

 1.各章概観

1.フラメモ

 始まったのは4人の女子高生の日常。部室ではなく、ハム館こと公民館で屯するけいおん!なのか。彼女たちはドクペの空きペットボトルでロケットを作ることを思いつき完成させたところに振ってくるピン。そして本作をフリクリと証明できる存在、ハル子が登場。OVA同様カナを轢いて、頭からギターを引っ張り出して戦い始めるのである。

 言ってしまえばこれは、作品の主要な人物説明であり、自己紹介みたいなもんである。頭からなんか出てきてそれを引っこ抜いてよくわかんない相手と戦う。あくまでフリクリに初めて出会った人のための説明といってしまっていいだろう。そのうえで、ロケットを飛ばす、というもはや比喩でも何でもない予告としても機能させている。

2.トナブリ

 4人の中でもぱっと見ですぐにわかるほどの美女、ヒジリーの担当回。彼女を中心にやること、そしてどうやら複数のエピソード仕立てでいくことがこの段階でわかるので各々において担当回があるのでは、という推測が成り立ち、ますます日常アニメ感が増してくる。

 大人ぶっていた、背伸びしていた17歳、というのがストーリーの主眼ではあるが、カーチェイストランスフォーマーパロディ(まんま、マイケル・ベイって言って殴ったのは笑った。)を見せ、旧来のフリクリではなかったタイプのアクションが見られたと思う。

3.フリコレ

 見るからに渡辺直美なモッさん担当回。今回は夢にターゲットを当ててくる。夢の為に頑張っているモッさんと対比してなんとか手伝おうとするカナ。ここらへんで、あるいはもっと前で気づくわけです。かなりいわゆる定番をやっていることに。華麗なファッションショーの舞台で着飾る面々の中でもダサめな服装のカナに服飾センスの差を描いてるのかな、なんて思ってました。

 私自体は別に構わなかったのですが、ある種カルト的人気を誇っている作品のタイトルで日常アニメ一挙上映のような形態を取られると苦痛な方もいるのでは、と思い始めた頃でした。

4.ピタパ

 カナは最後だからペッツの担当回だろうと思いきや、カナと佐々木の恋愛回。露骨にフラグ立てていた恋愛話をここでやるわけですね。ハル子が佐々木の所属するバスケ部の臨時コーチとしてやってくるわけですが、トナブリでヒジリーの彼氏といちゃつく以外の若い男とハル子との絡みが殆どないので、下ネタ要素は殆どここに投下されていました。

 結論としては、佐々木とは付き合わない。私には色恋沙汰はまだ早かったわ、になるわけです。この辺で思ってしまいます。このカナという女、ハル子に言われたことに影響を受けすぎているというか、芯が全くない。ナオ太くんとは全く違う生き物だなぁと。

5.フリステ

 ついにやってきましたペッツ担当回。最初は隠れていたメディカル・メカニカ(変に初見者用に説明はしているところが多かったのにこの言葉の説明はなかった)の巨大アイロンなどを含め、地球規模での危機が顕在化し、ペッツは火星に行くことに。

 ペッツの少し怖さすら覚える母の登場など、終盤にして一気にキャラに要素足されても、と思うと同時に当番回まで取っておかれていると考えるべきか。

 最後に訪れたハム館で再びピンチに陥ったペッツは、再会したカナにお前が嫌いだとぶちまけるわけです。トナブリでも、フリコレでも自己満で余計なことばっかしているお前が嫌いだと。これもある種定番。初めて本音をぶつけあって、本当の友情を…と思っていたらペッツは本当に火星に行ってしまいます。

6.フルフラ

 巨大アイロン、あるいはメディカル・メカニカの目的は世界をまっ平らにすること。そんなのOVA版だとわからなかったよ、なんのアイロンだったのかやっと分かったよ、という話はおいておいても。

 ここでカナは今まで自分が見ないようにしてきたいつもと違うことと向き合い、いつも通りを守るために思いのたけを叫んで街を救うわけですね。結構丁寧に説明していた割に、放り投げたEDになったと思います。 

2.フリクリとはなんだったのか

 見終わってから検索してみると、こんなのフリクリじゃない。という意見が結構見られました。この違和感を考えるには、結局フリクリとは何だったのかを考えなくてはいけません。と同時に、どこまでがフリクリなのか、ということも考える必要があります。全く同じことをするなら作品を作る必要がないですからね。

 フリクリという作品は、独創的なせりふ回し、突飛な演出、あえて欠落した説明によって見る者の想像に非常に多くを委ねた作品である、ということはおそらく共通理解として挙げられるでしょう。

 そのうえで、大人になりたいナオ太が、子どもであること、すなわち日常を受け入れる物語だと思ってます。ハル子はそのかかわりの中でナオ太の憧れであって、ケツをたたく存在でもある。

 そこで本作は、主人公の年齢を高校生にして、性別を逆転させてみた。更には、日常を嫌い、非日常を求めていたキャラクターを逆転させて、非日常を見ず、未来を考えず、日常が永遠に続くことを求める、というキャラクターにしている。それぞれのエピソードにおいて、蕎麦屋でバイトしていれば首相の会見がテレビで流れ、須藤は月見そばを注文する。それがずっと続くと思ってざるそばの気分の日を見逃してしまう。弟に彼女がいるはずが無いと高を括っている。

 このキャラクターにしたことで、当然テイストは日常ものに近くなるし、ハル子は日常に現れるトリックスターでしかなくなるのは必然な気がします。それがフリクリなのか、は分かりませんが。

 正直、私のあっさいハル子観としては、アトムスクへの渇望を含めて彼女の行動原理は「それが面白いか、つまらないか」なんです。勿論、色々彼女なりに深く考えて無意味に見えた行動がメディカル・メカニカとのやりあいにつながっていたりするわけなんですが、アトムスクの出てこない今回、「彼女は何のために説教を垂れて、世界を守るのかわからない」という意見に対しては、だって、10代のバカみたいな悩みが面白いから、だって、世界がなくなるのはつまらないから、でいいと思うんですよね。多分、フリクリに、特にハル子に思い入れのある方には最も異論のあるところだとは承知していますが。

 それから、パロディが若干ストレートすぎたり、表現方法の斬新さが減っていたり、欠落を補う説明がかなり丁寧にされていたり。そういったことは、劇場公開、しかもTOHOのような大きなスクリーンでかける事態になればこれも仕方ないでしょう。

3.照柿

 ここであえて一人の登場人物に注目してみます。

 ペッツこと、辺田友美。主人公の河本カナと小学校からの幼馴染であり、政府高官の娘で、最終的には火星に旅立っていく。なぜ彼女に注目するのかと言えば、このオルタナは彼女の物語だと感じたからです。決して声優さんが私の大好きな吉田有里さんだからではありません。

 ペッツが火星に行くことを内密にしていながら、それを決意していたのはだいぶ序盤からであることが最後にはわかります。モッさんとのハンカチ、ヒジリーとのペン、そして気絶しているカナと髪留めを交換していることが布石となっているわけですね。

 そんなペッツが1番最初にハム館で読んでいる本が高村薫の『照柿』です。初めて私が読んだのは、15歳ころだったと思います。ハードな男くさい世界を描く高村薫作品を読むなんて、この子が私の推しキャラだ♪なんて速攻で目を輝かせていたのですが、一度家に帰って『照柿』を改めて斜め読みしてきました。 

照柿〈上〉 (新潮文庫)

照柿〈上〉 (新潮文庫)

 

 『照柿』は合田雄一郎シリーズの1作であり、『マークスの山』『レディ・ジョーカー』で完結する3部作の真ん中にあたります。

 合田が偶然再会した女性に一目ぼれし、全く同じ人をこれも久しぶりに再会した幼馴染の野田達夫も好きであることに気づく。その中で事件を追ううちに野田の姿が浮かび上がってくると共に、合田自身も墜ちていく。そんな話になっているんですが、この野田達夫という存在が非常に合田にとって重要なんです。本作のラストは2人の電話になるのですが、最後の合田の台詞はこうなっています。

 「達夫!達夫、あんたの目は凄いんや!造形の才能があるんや。色彩の才能もある。野田泰三より才能があるんやぞ!俺は、あんたになりたいー」

高村薫『照柿(下)』新潮文庫p.342~343

 詳しくは、ちゃんと読んでいただきたいですが、合田にとって野田は、憧れであり、憎むべき存在でもあり、宿命的なライバルだったわけです。 

 これってそのまんまペッツにとってのカナであり、それを彼女は作品の冒頭で読んでいる。始まりの時点で決別は決まっていたわけですね…

 

 結局、これはフリクリとして正解なのか、それは各々の抱えるフリクリが何なのかという問いに正対しないとわからないと思います。

 ただ、この作品だけを見たときには、少なくともフリクリっぽいものにする努力があるのは間違いないし、ハル子は新谷真弓さんの声で喋ってる。the pillowsの曲だって流れたし、少なくとも私はその音楽が楽しかった。

 正直、長いし劇場公開よりも配信とかの方がよかったとは思いますが。

 この後公開されるプログレ(=progressive)はタイトルからして表現的にもかなりぶっ飛ぶのではないか、と予想できます。フリクリらしさ、とされるものは何なのか。その答えはそっちを見てからでも遅くないのではないでしょうか。

 少なくとも、私にとってこれは○○じゃない!!という怒りは、同じところが作った某石ノ森章太郎作品とか、某ミステリのはずが吹奏楽青春ラブストーリーになったやつレベルで湧くものだと思ってます。