抹茶飲んでからマラカス鳴らす

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まさに悪魔的所業。「ラプラスの魔女」感想

 どうも、抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 今回見てきたのは東野圭吾原作の「ラプラスの魔女」を三池監督が実写映画化したもの。最近は撮る作品がどんどん酷評を積み重ねているようにも聞こえてくる三池作品。個人的には「悪の教典」ぐらいしか見ていないんですが、伊藤英明のキャラ映画としては満点だったのでまあいいか、ぐらいの感覚ですね。脚本に半沢や下町ロケットといった池井戸シリーズの方というのは少し安心できる要素です。正直映像化向きではない作品ですが調理次第では化けそうな予感もあります。さて、どう転んだか。

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WATCHA2.0点

Filmarks2.2点

(以下ネタバレ有り)

 1.邦画の悪癖てんこもり

 初めに正直言いますが、かなりの酷評です。これとアベンジャーズIWが同じ値段とかありえないし、レディプレと同じ劇場でかかっているなんて信じたくない出来でした。

 というのも、まずは単純に交通整理が絶望的。たまたま同日にアイ、トーニャも見たのですが、どちらの作品も時系列が右往左往します。しかし、アイ、トーニャでは今何をしているのか、いつなのかで混乱することは全くありません。ラプラスの魔女では、常に混乱しているといっていいでしょう。字幕などでの説明や時間経過の表現に乏しく、これが回想なのかどうか、原作を把握していても怪しくなったのでおそらく未読の方は冒頭から何もわからないでしょう。

 温泉地での硫化水素中毒死が2件。この事件を受けて観光に影響が出ないように早期封鎖解除のための調査が櫻井翔演じる青江教授の大義名分です。そこに殺人事件と疑う玉木宏演じる刑事、両方で出会う広瀬すず演じる少女羽原円華が交わっていき…となるわけですが、各々の目的がバラバラなのに行動を共にする理由が明示されない。なんで一緒に行動するのか、登場人物視点ではわからないので、監督がそうしたいから、以外の理由がない場面が出ます。最終的に温泉地の封鎖解除に関しては言及無し。教授何すっきりした顔してるんですか…?

 邦画の悪い癖といえば、大声で怒鳴っていれば感情の起伏に見えるという演出もですが、これもしっかり登場します。しかも、超ご都合的に。円華は自分のわがままのせいで竜巻にあい母を失い、トラウマ的なダメージを負っていると説明されます。その癖に、わがまま言いたい放題の原作キャラのまま。手術のおかげでふっきれてわがままになったのかと思いきや、ダウンバーストの場面で竜巻を思い出して錯乱。そこに青江教授が大声でまくしたてる、という展開。怒鳴らせるための改変にもう頭が痛くなってきます。

 究極が、聞いてもないことをベラベラと喋り続け、自白しているというやつです。今回の犯人である福士君=甘粕謙人の目的は家族を抹殺したトヨエツ演じる実父甘粕才生への復讐。追い詰めるまでも文句はありますが、まあ目をつむりましょう。福士君の指定した場所なのにトヨエツが銃を隠している時点で頭の中は???で埋め尽くされますが、ここからトヨエツが勝手にしゃべり倒す。福士くんならまだわかるんですよ、ダウンバーストの起こる時間まで引き付けておかないといけないので。でもトヨエツがべらべら。本当酷いです。

2.原作をつまみ食いする罪

 原作ものの映画では、そのまま映像化するのは不可能なので原作のエッセンスを抽出し、映画ならではの表現にしていくことが求められます。しかし、邦画では原作の展開の一部をつまみ食いして、整合性を気にせずにつなげたりするので絶望的な作品ができてしまうことが往々にしてあります。昨年の作品だと、東京喰種あたりはうまくやっていたし、鋼の錬金術師もこの点では頑張っていたと思います。 

tea-rwb.hatenablog.com 

 今回のラプラスの魔女ではこれが、最悪といっていいでしょう。

 まず時系列をいじり、視点を青江教授のみに絞ったのに整理をしなかったせいでとんでもないことに。何故か追われていた円華が研究所に捕まり、青江教授はそこで羽原博士から能力の話をされます。そして研究所から出る際には、もう円華が脱走していて一緒に逃亡するのです。この時点で、円華の監禁される理由(回想で同能力の謙人が自由に出歩いているので猶更不思議)・羽原博士の謎の自白が立ちはだかりますが、それをスルーしても警察に事件をもみ消させる組織が捕まえたばかりの女の子1人を秒殺で逃がすという大失態。結局この後の展開の為につまみ食いしているから齟齬が出る。せめて日を置くとか、円華が軟禁されている状態を描いておくとかしておいてくれればまだなんとかわかるのに。

 次に、甘粕才生のブログ。書かれていたことが嘘だったということですが、そりゃブログの情報なんて全部本当じゃないよ、と見た方は思うでしょう。これはまず何ページもかけて実際に読者に文字情報で読ませるという過程で信頼性を獲得し、中岡刑事がブログの登場人物や出版社の人を一人一人訪ねて本当の甘粕一家を知っていくから才生の狂気性が際立つ演出です。書籍ならではな演出なのに、そのまま映画に持ち込んで、しかも大して力を入れないから驚かないし、甘粕才生の狂気性にも裏付けのない状態になってしまうのです。

 謙人と円華の能力描写についても疑問符が残ります。リリーさんこと、羽原博士が説明している通り超高速演算能力といっていい能力です。なので、事前に円華が指定した公園や、謙人の指定した廃墟などで予想した通りの気象現象が起こせるわけです。事前にデータがある程度必要なのです。なのでそれと違う気候を読めるかのような描写はいかがなものかと。

 話として、そもそも2つの事件は殺人という仮定のもとに話が進んでいるのに、いつのまにかそれが前提となり、今度は甘粕謙人が記憶喪失ではない、という仮定のもとに話が進んでいくので混乱してしまいます。ただ、これ自体は多少原作も持っているので仕方ないですが、問題はその仮定の先の結論に気づくタイミングです。特に謙人が記憶を失っていないのは、甘粕才生が加害者だから、というのを思いつくのは全くの偶然でそのタイミングである必然性が全くありません。本来推理役でない青江教授っていうか、櫻井翔くんに華を持たせようとするからこういう余計な粗が出るのです。

 まとめ方で言えば、結局この映画の提示したメッセージとはなんだったのでしょうか。超能力者が起こした事件は科学では説明がつかないね。でいいのか。例えば、彼らのように超能力者を手にしてた若者としてはスパイダーマンシリーズのピーター・パーカーが挙げられますが、全編を通して「偉大な力には大きな責任が伴う」ということが強調されています。あるいは原作では、事件こそこの通りですが、温泉地への目配せと羽原親子の和解も描かれています。こうした何らかのテーマがまるで感じられない映画でした。なんでしょう、作ることが目標、みたいな。本当にそうなら、表現者としては失格だと思いますし、二度と映画を撮らないでほしいです。

3.細部に神は宿る。

 この映画はとにかくすべてが足りないので細部を論っても仕方ないのですが、それでも絶望的に細部もダメダメ。

 はっきり言ってハガレンにしか見えない竜巻での母の死亡シーンが3回も。笑わせたいのか。 

tea-rwb.hatenablog.com 

 そして、志田未来と櫻井君の会話に登場する生徒。大学の生徒は学生と呼ぶのが当たり前。この時点でリサーチをする気がみじんもないのが透けてきてガックリきます。

 子役の使い方も。オレンジジュースこぼす「あっ」の声にこっちが「あっ」ですよ。

 教授が事件現場に降臨!1か所目ではガスマスクつけて数値を図って危険を回避!2回目は…チェックもしないし、守備もしない!!なんでだよ!!死ぬぞ!!

 感動のラストは雪が降る…のに後ろのイチョウは黄色と緑が混ざってる!紅葉前ですね!!それぐらいなんとかし・ろ・よ

 なんかテンションがおかしくなってきましたが、この映画を見て思ったのは、ジョジョという読んでなくてもみんなある程度は知っている傑作が彼の手に委ねられたのは本当に可哀そうだな、ということでした。正直広瀬すず志田未来が可愛いから沢尻エリカにイライラした不能犯より上ってだけです。不能犯小林稔侍のように、トヨエツやリリーさんがひどい演技に見えるので監督・演出・脚本すべてがダメダメ作品です。

 おしまい!