抹茶飲んでからマラカス鳴らす

見た映画、読んだ本、見たアニメ。そんな話を中心に。。。

「15時17分、パリ行き。」はあの日本の児童文学の実写化だった!?

 どうも抹茶マラカス (@tea_rwB)です。

 去年のノーラン・是枝・黒沢清が同時公開という地獄よりもとんでもないギレルモデルトロ・クンリントンイーストウッド・マーベル(クーグラー)が同日公開という地獄のような天国のような3月1日。映画の日でもあるわけで皆さんが映画館に殺到したと思いますが、私が1日にまず見たのは、時間がたまたまあったクリントンイーストウッドでした。

15時17分、パリ行き(字幕版)

WATCHA3.5点

Filmarks3.5点

 1.イーストウッドと私

 好きな映画監督を挙げよ、と言われたら確実に名前が挙がるであろうクリントンイーストウッド。その年齢に反して現在でもハイペースで映画を撮り続けています。

 一方で、実は私、イーストウッド作品は本作が初めてなのです。前作「ハドソン川の奇跡」をはじめ、「アメリカン・スナイパー」「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」など見たいと思っていながらいまだ勉強不足…という惨状。

 というのも、個人的に好きな映画がサスペンス・実話系となっている私ですがイーストウッドの撮る実話系は、単なる美談なだけではないか、という印象を持っていて映画で見る必要があるのかな、という見方をしていました。そんな中、またしてもそんな感じのする題材の本作ですが、なんか絶賛の嵐。じゃあ見てみようか、となった次第です。

2.衝撃的なキャスティング

 絶賛されていて前情報を集めていて聞いたTBSラジオたまむすびの中の町山智浩さんの批評。なんと、メインキャストを含め役者ではなく実際の人物、つまり演技のトーシロー(素人)を起用したということ。役者という職業自体に一石を投じるとんでもない決断ですね…。彼ぐらいの監督でないと許されない気も致します。

 

 問題は、彼らの演技です。これで役者を使わなかったのは何故だ!!!と非難轟轟なら、イーストウッドの敗北なのでしょうが、あら不思議。一部気になるところはあったものの、特段大きな問題を感じることはありませんでした。実際の軍人ということもあり、訓練や事件のシーンはドはまり。本当に役者さんはメシの食い上げですね…

 まあ、我々非英語圏の人間からすると英語の発話方法がずれてるとかあるのかもしれませんが、正直わかりませんしね。アメリカやイギリスよりも日本の方が受け入れる土壌があるのかもしれません。

3.これは映画なのか…?

 演技は問題なかったものの、大事なのは脚本等の部分。

 のちにヒーローとなる3人が問題児であった幼少期から描かれ、軍生活を経て、休暇中のヨーロッパ旅行の様子が淡々と続き、そして突如事件が訪れる、という構成。演技素人が演じていることもあり、まるでドキュメンタリーを見ている気分になりますね。

 何故黒人1人に白人2人、あるいは軍人2人に民間人1人という組み合わせだったのか、そして何故彼らはテロリストに相対し、制圧することに成功したのかの裏付けをしていく過去編(というのだろうか)だったとは思います。頸部負傷への対応や銃器の分解、柔術などがしっかり事件に生きていました。

 一方で、まったくいらない気がするパートもあったことは事実です。ベルリンでのアレクのデートやアムステルダムでのクラブでの一夜などがただの時間稼ぎのようにも感じました。アレクがバイエルンミュンヘンのトマス・ミュラーのユニホーム着ていたのは笑いましたが。

 そうした時間稼ぎともいえるヨーロッパ観光旅行はローマ→ベネツィア→ベルリン→アムステルダムと続くため、ある種ロードムービーのような「ダヴィンチ・コード」シリーズに近いものを感じました。あのシリーズと違い、歯車にもなっていない内容ではありましたが。

 一番の問題を感じたのは、事件そのもの。3人が屈強すぎたのか、犯人が単純に弱いのかわかりませんが、事件に対しての緊迫感があまり生まれなかったのは痛すぎます。犯人の思想的背景等も描いていないので、敵を倒した感もないし、対テロ的なメッセージも感じません。ナイフで首を切られたのにばりばりしめあげるストーンは強すぎにも見えますし。本当にフランスの最高勲章に値したのか、疑問に感じてしまいました。(すごいとは思いますが、最高か、と問われると…)実際の事件のWiki等を読めば、乗務員が乗務員室に立てこもって乗客を無視したなど、本当に一歩間違えればレベルだったことがわかるので残念です。結局この作品が映画化して後世に残す必要のある事件だったのか、納得はできません。(もちろん、小さい事件を残すなと言っているわけではなく、そうであれば描き方が違うのでは?ということです。)

4.結局伝えたいことって…

 この映画のメッセージって、テロは許さないとか、そういうことではなく、どんな人にも英雄になるチャンスはあること、そしてそのためには有事に行動することの重要さだと思うんですね。実際のニュースを用いた勲章授与のパートでもオランド前大統領からも語られていました。

 特に3人組は幼少期から問題児で、教師からはADDではないかと疑われるような子どもだったことがこういったメッセージを後押しします。でもこれって、特に日本人には、目新しくないメッセージだと思うんです。

 このメッセージをずばり体現していると思うのがコチラ。

それいけズッコケ三人組 (ポプラ社文庫―ズッコケ文庫)

 ご存知、那須正幹先生の大ヒットシリーズズッコケ三人組です。

 ハチベエハカセ、モーちゃんの3人が色んな事件に遭遇しては解決していくコメディみたいな作品で、学校の図書室や地域の図書館で読んだ方も多いのではないでしょうか。

 このズッコケ三人組。彼らはそれぞれに主に日本でイジメられやすい外見的特徴、すなわち、言葉は悪いですがチビ・メガネ・デブという苦しみを背負っていながらヒーローになれるという話な訳です。

 振り返ってみれば、パリ行きの3人組もADDと疑われた上にシングル家庭のアレクとストーン。教員からも差別的に扱われていたように見える黒人のアンソニー。それぞれ社会的弱者としての立場を持ちながら、最終的に叙勲されヒーローに。これまんま一緒ですよね。

 

 今回はそもそも映画にする必要があるのか、時間的あるいは事件の規模的に感じてしまいそこまでのめり込めなかった初めてのクリントンイーストウッド。私の大好きな「社会的意義」を持ってそうな「アメリカン・スナイパー」や硫黄島2部作などをチェックしてみたいと思います。