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抹茶飲んでからマラカス鳴らす

見た映画、読んだ本、見たアニメ。そんな話を中心に。。。

思わず再開するほど嘆き悲しみ怒った件「ハルチカ」

こんにちは、抹茶マラカス (@tea_rwB) です。

というわけで、1年以上ほったらかしたブログ再開のきっかけとなった此方。映画「ハルチカ」について。いっぱい文句言います笑

 

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Watcha 0.5点

Filmakars 1.0点

 「ハルチカ」シリーズとの距離感

 はじめに、私とこの「ハルチカ」シリーズとの距離感を説明させていただきます。

 そもそも、この「ハルチカ」シリーズは初野晴先生原作の諸説で、「退出ゲーム」「初恋ソムリエ」「空想オルガン」「千年ジュリエット」「惑星カロン」と現在5巻まで刊行されています。また、昨年2016年1月クールには、全12話でアニメ化もされました。(そのうち感想の記事をちゃんとあげます…)

 私は、原作小説の大ファンであり、可能ならば遅筆の初野先生の尻を叩いてでもどんどん新作を書いてほしいくらいです。余談ですが、今年のこのミスの隠し球に掲載すらされなくなってしまって心配なんですが…

 というわけで、アニメ化の一報にも疑念を持ってたわけです。面倒くさいことこの上ない原作至上主義ですからね、私は。ところがどっこい、アニメはチカちゃんやハルタ吹奏楽部の面々(特にブラックリスト十傑)を素晴らしく表現してくれて、大変楽しめたのです。

 そこに現れた実写化の発表。一文字も見えないミステリー要素。吹キュンとかいう造語。普段1人で映画を見に行く私に厳しそうな客層を予想させるキャスト。身震いしまくりで、ハードルを下げに下げて見に行きました。その結果を以下ごらんください

(以下ネタバレあり)

1つの映画としての完成度

 映画としては、前半部分で部員集め、後半部分でコンクール。その結果としてのチカちゃんの成長を描くといったところが主眼でしょうか。やりたいことはなんとなく分かりますが、全体的に雑でした。窓ドンとか、これやればお前ら(橋本環奈と佐藤勝利のファンの方)喜ぶんだろ?感が満載というか。

1.廃部の理由とその強制が雑

 廃部になった理由は中盤にまで引っ張られますが、要はリーダーのカイユが突然辞めたことで空中分解したことと、顧問が産休で消えたことでした。カイユ一人抜けただけで解散する部活って…と思うと同時に、復帰をお願いしたときの「あんなことやっといて今更戻れとかいうな」的な上級生は何だったのか。その程度の理由が「あんなこと」って…

 そして、自主性を重んじると入学式で言っていたのに1ヶ月の期限を切って部員集めを強制する校長。まず、校長じゃなくて生徒指導部とかその辺が対応するはずだし、この校長は子どもを吹奏楽に殺されでもしたのか。その割にコンクール最後来ちゃってるじゃないか。

2.部員・およびその集め方が雑

 原作の見地からも言うことになる部分ですね。本来は、部員集めで推理要素が発生します。ただカイユの件はFMはごろものパーソナリティで実家が民宿(ここは改変要素でしたね)なのが分かってるんだから、とっとと乗り込めばよかったし、芹澤さんの件は席替えと髪型の変化だけでは、それは推理とは呼びません。妙子さんに至っては、たらこ唇になって渾名がタラコになるのが嫌だって、それ芹澤さんの前で言ったらぶん殴られますよ。っていうか、嫌がってるの予想してるのに昼飯時にクラスメイトの前で大声で言いふらすことないと思うんです。チカちゃんたちのキャラ造形にも関わる大事なところでした。

 ぎりぎりの9人目に関してはそれまで寝てただけ。キャラの深みも何もありません。するとなぜか、モブのように一気に増える吹奏楽部員。前述の通りそんな簡単に帰ってきていいのか、君たち。中盤でチカちゃんが個人練習に抜けた後、長回しでの喧嘩が始まります。でもね、そりゃ喧嘩するよなぁとしか思わないわけです。カイユ抜けただけで部活やめた人たちとチカちゃんにほだされて始めた人たちだし。しかも、一瞬の楽器&名前紹介しかされてないから、各々の立ち位置もよくわからない。共感ゼロの喧嘩に。この喧嘩を収めるのは、やっと喋ったハルタですが、全く本質からズレてて何の解決にもなってません。土日に塾に行きたい子は結局どうしたんでしょうね。

3.ラストが壮絶に雑

 チカちゃんはコンクール本番で1度しかできなかった所を失敗してしまいます。それが原因でフルートを手に取らなくなり、吹奏楽部にも行かなくなります(ここは後述)

 その後のクライマックス。授業中にも関わらず、ハルタの演奏が聞こえてきます。コンクールの曲です。(そういえばこの曲も、意味ありげに草壁先生がいつか完成させたいとか言ってたら、生徒からの気付きとかもなく完成してましたね。)それに併せて、学校の各地から吹奏楽部員が演奏を!草壁先生まで!チカちゃんは思わずしまっていたフルートを取り出し演奏に加わりますが、やはり例のパートでミスをします。がっかりするチカちゃん。しかし、その直前から何度でもできるまでやり直す!ついにできたぞ!やったぞ!気づけば中庭に集った生徒たちが踊り狂う!!!

授業中ですよ

屋上で演奏しているハルタには先生が止めに行くのに、廊下や教室で演奏している部員には一切妨害が入らない。まあ1万歩譲ろう。草壁先生、あんたはダメだろ。はい、減給でーす。あと芹澤さん、プロを目指してたならクラリネットそんな風に持って踊ったらダメですよ、たぶん。ティンパニが増えてたとか、堂々とキスし出すとかもうその辺はおいておきます・・・

原作厨として

※原作のネタバレもしますのでご注意を。

 一番気に入らないのは、本来の魅力である日常系ミステリーと呼ばれるジャンルを分離するかのような予告編を作っておいて、カイユと芹澤さんだけ強引にぶち込んでることですね。だったら、マレンと成島さんの未来の部長・副部長コンビも出せよ、と。

 大きな変更としてはチカ&ハルタですね。

1.チカちゃんについて

 本来ならチカちゃんは日本の企業戦士のようなバレーボール部と決別し、キュートガールを目指すために、吹奏楽部に入部したことになっている。しかし、劇場版では膝を壊し、バレーボールを止めざるを得ず、虚脱感に苛まれていたところを吹奏楽の演奏に救われたからだとしている。これは、同じ境遇のサックス経験者を入部させる時の説得のためだけの変更だ。同時に、最も重要な要素である草壁先生への恋心が描写されていない。草壁先生を普門館に立たせたいというのは、彼女がフルートを頑張る熱意の一端を担う。これが無いから、劇場版ではチカちゃんは部員集めの時の方が情熱を感じちゃうし、練習描写も少ないのと相まって、そりゃ吹けないよ感がでてしまうのだ。

 また、ハルタの改変に伴うものだが、言うことを聞かないハルタを殴って言うことを聞かせる自己中心的な暴力女に見えてしまう。巻き込んだハルタが倒れて反省の涙を流してはいるが、いや、お前その時間練習しなさいよ、と思ってしまう。

2.ハルタについて

 ハルタは退出ゲーム(講談社文庫2008)の登場人物紹介に「完璧な外見と明晰な頭脳を持つ。」と明記されている。しかし、劇場版では、「弱気で頼りない」が追加されている。これに伴って、チカちゃんを皮肉ったり、バカにしたりした結果の暴力ではなくなるので、ただのイジメ肯定に見えてしまう。幼少期、チカちゃんがあまりに殴るからほかのいじめっ子が引いてしまったけど、あれは僕を守るためだったんだね。って、は?冗談ですよね。ただより強力なものが加害者に変わっただけのイジメと世間ではそれを呼ぶのですよ。

 更に草壁先生への恋心がこちらも消滅。本来はハルチカの2人が絶対に恋仲にならないようにするために設定されたギミックなのに、チカちゃんを抱き締めたりしちゃってます。それだけは、それだけはあってはならねぇ。

 全体的に頼りなさ、無口さが先行しすぎて、W主演感がまるでなかったですね。

3.草壁先生について

 原作では、草壁先生は謎に多く包まれています。その中で、高校生では本来どうしようもないことを大人の力で、解決あるいは消化してくれる。例えば、エレファンツ・ブレス(「退出ゲーム」収録)や芹澤さんの補聴器問題(30万するのに高校生ですむ話ではないし、生徒が難聴で関与しない教師もまたいないはずである)が例だ。しかし、劇場版では、前述の通り結局自力で曲を完成させたり、初心者のチカにソロを振っておきながら、出来ないと怒るだけ。合理的に思える譜面の書き換えも許さず、感情的に振る舞っているようにも見えるのに、曲への思い入れ等はよくわからない。決していい大人、いい顧問ではなく、この人のためにコンクールを頑張ろうという気にはならない。

 あと、小出さんに誰か指揮の仕方をもう少し教えてあげた方がよかったのでは・・・

結論 

 原作の持つ吹奏楽×ミステリーというテーマと各キャラの持つ魅力、そして障害や戦争、犯罪など高校生には重めの背景を持つ各話、といった数々の構成要素を全部ぶっつぶして、台無しにした映画でした。ハルチカの看板を掲げる必要性をまるで感じません。

ハシカンなら分かります。

 ONE PIECEの実写映画化で第四次忍界大戦やられて、しかもチョッパーとサンジの代わりにオリジナルキャラぶっこまれた、みたいな思いでした。

 本当に原作は素晴らしいですし、アニメも原作準拠で素晴らしい(原作準拠なら万々歳ってスタンスではないんですよ、別に。)ので、是非そちらの方をおすすめします。

shoten.kadokawa.co.jp